第12話

 私は目の前で起きたことが信じられず、慌てて窓に駆け寄った。下は──いない。上も──いない。黒装束とナナノが消えたのは間違いない。まさしく瞬間移動が起こったのだ。


「……助ないと。早くナナノちゃんを助けないと!」


「ちょ、ちょっと待って。落ち着こうよ」


 焦って飛び出そうとするキリの腕を掴んだ。するとキリは私の手を振り払って叫んだ。


「ナナノちゃんが攫われたのに、落ち着けるわけがないでしょう! こうしている間にもきっと……ん?」


「冷静さを失っちゃダメ。黒装束がどこへ消えたのかも、どうやって消えたのかも分かってないんだから。まずは方針を決めないと」


「あの……」


「ナナノちゃんが心配なのは私も同じ。キリの気持ちはすっごい分かる。でもナナノちゃんを救いたいならなおのこと」


「いいえ。そうじゃなくて、手です。サメさんのその手、どうしたんですか」


 どうもしてないけど。慌てるキリに指摘されて両手をパーに開いた。一見異常はない。だからこそ、私はそのことに気づいたとき心底恐ろしくなった。

 一夜の間に親指と人差し指の間から、6本目の指が生えていた。慎重に指を曲げてみる。他の指と同様、問題なく動くが、一切の違和感が無いのが逆に恐ろしい。異物があまりに自然に馴染んでいる。


「なに……なんなのこれ……」


「どうして指が増えたんですか」


「は!?こっちが聞きたいよ!なんなのこの指!意味わかんない。わかんないわかんないわかるわけないじゃん!」


 私の苛立ちにキリがびくっと怯えた。消え入るようなか細い声で「ごめんなさい…」と云った。

 彼女の表情を見て、頭がスッと冷めていく。ああ、最悪だ。偉そうなことを云っておきながら感情に任せて八つ当たりしてしまうなんて。冷静じゃないのは私も一緒だった。反省して、出来るだけ優しい声で語りかける。


「……いきなり怒鳴ってごめん。キリの指は増えてない?」


「私の指は5本です。変なところはないと思うんですけれど。私とサメさんの違いはなんでしょうか。思いつきますか?」


 んなもんあるわけでないでしょ!と再び怒鳴りかけて、慌てて口を押さえる。やばいやばい。苛立ちをコントロールできていない。このまま会話をしていたらキリへどんな理不尽な言葉を口走ってしまうか想像もつかない。


「よし寝よう」


 かたつむりのようにぬるりと布団に潜り込む私。困惑しているであろう彼女に私は告げた。


「ナナノがどこにいるのかも、私の指が6本になった理由も、何もわかんない。ぜーんぶわかんない。でも一つわかるのは、このまま会話してても、私はキリにイライラをぶつけちゃうってこと。私たちには英気を養うための睡眠が絶対的に足りてないんだよ。深夜に叩き起こされてムカつかない方が難しいでしょ。明日仲良くおはようを交わすために、とっとと私は寝ます!おやすみなさい!」


 そう一歩的に告げて、頭まで布団を被った。私の意識はすぐに眠りへと誘われてゆく。


「おやすみない。サメさん」


 鼓膜が振動した。

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