第11話 幕間 喪われた夢の記憶

 私こと佐芽熨斗人さめのしとは走っていた。それも全力で。はて、私は何故走らなければならないのだろうか。ああそうだ。逃げなければならないからだった。

では何から逃げているのだろうか。ふと後方を振り向くと、黒いものが蠢いているのに気づく。よくよく目を凝らしてみれば、黒い蹄のついた巨大な触手が畝りながら肉薄していたのだった。恐怖のあまり思わず叫び声をあげる。あれに捕まったらどうなる? 予想出来ない。人間が恐怖するのは未知ゆえである。死が古来より恐怖の対象であるのは生きている限り体験することができないかつ、他者より語られることもないからである。究極の未知というのは死と同レベルの恐怖の塊なのだ。


 どうして私が追われる羽目になったのだろう。確か神の祝福を受けているからだったか。私は内なる発想に首をひねる。神の祝福とは一体なんだ。心当たりはない。

 突如足を取られ転倒する。一瞬とはいえ、思考に気を取られたのがいけなかったのだろう。蹄つきの触手が幾重にも右足に纏わりついていた。触手は私を掴み離さない。消えろ消えろと左足で触手を足蹴にするが効果がある様子はない。まずい。体が引きずられていく。期待をこめて伸ばした6本の指が触れたのは豊穣の大地のみ。抵抗虚しく輪ゴムのように、触手は加速度的に私を引きずり込んでいく。さあ母の元へ還ろう。祝福が私をさらなる高みへ導く。薄れゆく意識の中で私は確信した。自分は新しく産み落とされるのだ、と。


 いあ いあ ×××=××××。



 ドカン。爆音で目が覚めた。何か恐ろしい夢を見ていた気がする。

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