第10話

 このやからはどこから侵入してきた? 出入り口の戸締りはしていたはず。ならば窓に違いない。涼しいからと網戸にしていたのがいけなかった。月明かりは差し込んでおらず、室内は暗い。


「サメさん、下がっていてください」


 揺らめく炎を携えてキリが立ち上がった。ふわりふわりと浮かんだ狐火が室内をほの明るく照らしている。暗闇に浮かび上がる姿はまさしく大妖狐。頼もしいのはいいんだけど、部屋を燃やさないよう気をつけてね?

 狐火に照らされたナナノは力が抜けてぐったりとしている。寝ているのではなく、どうやら意識がないようだ。


「そう警戒しないで」


「私たちに彼女を傷つける気は無いのです」


 意外にも黒装束たちには会話をする気概があるようだ。腹立たしい。


「下手な弁明ですね。誘拐の現場が見つかって焦ってるんですか」


「それは誤解というもの」


「私たちはこの娘を連れ戻しにきただけです」


「連れ戻しにきた? あなたたちはナナノちゃんの親かなにかですか。こんな小さな女の子を川に捨てておきながら今更虫がいいですね。ナナノちゃんは然るべき機関へ連れて行きます!」


 黒装束は無言で顔を見合わせた。


「ナナノとは?」


「一体どなたを指しているのでしょうか」


 しらを切ってんじゃねえ。私はくそ野郎どもに向かって吠えた。


「お前が抱えてるその女の子の名前だろうが! とぼけてるのか!」


「はて。彼女は七の巫女」


「名前など初めからありません」


 ナナノ……ミコ? ななのみこ? 七の巫女。ああそうか。失われた記憶の中で見つけた自分の名は、ただの役職名だったというわけか。なるほどなるほど。


「ふざけてんのかお前ら!」


「ふざけてなどいない」


「七の巫女には役目があります」


「神の元へ帰ること」


「そして私たちを神の元へ導くことです」


「七の巫女は神に選ばれた」


「七本の指がその証拠です」


「いあ! いあ!」


「しゅーいぐはむ!」


 黒装束たちは歓喜に満たされた様子で意味のわからない言葉を叫んだ。こいつらの合言葉だろうか。

 役目? 神の元へ導く? ナナノは普通の女の子だ。ナナノはナナノ。指が七本だからなんだ。巫女だの神だの関係ないだろ!


「もういいです。あなたたちは口を閉じてください」


 人類を虜にするその麗しい顔は、怒りで歪んでいた。

 まばたきをすれば、赤紫に光る狐火が倍になる。さらに倍になる。尻尾が揺れるたび残像が質量を持つ。人魂のように揺らめく炎は矛であり盾でもある。そして8本の尾が機械のように正確なコントロールを実現する。

 かつて村を滅ぼしたという大妖狐、駒山キリの本気がここにあった。

 

「ナナノちゃんを置いていくのなら、命だけは助けてあげましょう。さあ、速かにこの場から去りなさい!」


「もとよりその予定」


「それではさようなら」


 黒装束たちはナナノを抱えたまま窓へ向かって走り出した。


「だから置いていけってんですよ!」


何十もの狐火が、弓に弾かれたように飛んでいく。寸分違わぬコントロールで飛んていった狐火は的確に黒装束に命中──しなかった。

 目標を失った狐火の群は遥か上空へ緊急避難し、ポンと音を立てて消えてしまう。


 私は見た。窓枠に足をかけた黒装束が蜃気楼のように霞んだのを。そして次の瞬間には奴らの姿は消えていた。覚悟を決めて真下に落ちたわけではない。鳥のように空を舞ったのでもない。ましてや川へ飛び込んだのでもない。

 奴らは窓枠で消えたのだ。ナナノを携えたままで。

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