第7話

 ごぼうアイスをチロチロとなめながら私は提案した。


「お腹一杯になったし、そろそろ海へ行ってみる?」


「そうですね。ナナノちゃんたっての希望ですし。海を見たら何か思い出せるかもしれません」


「……ナナノが折角の旅行をかき乱していますよね。迷惑をかけてしまいすみません」


「なーに云ってるの。私たちナナノちゃんのおかげでめっちゃ楽しいんだよ。予定なんてあってないようなものだしさ」


「ナナノちゃんはこんなに可愛いのに。こちらから着いてきてほしいくらいですよ」


「……気休めでもそう云っていただけると助かります」


 ナナノは両手をパーカーのポケットに突っ込んで、ぷいっと顔を背けた。




 青い空に白い雲。そう、ここは海。砂浜の至る所にビーチパラソルが建てられている。そうして優雅に過ごす人がいれば、若さに任せて海ではしゃぎまくる若者がいる。奥のテトラポッドでは割り箸、タコ糸、スルメイカの三種の神器で釣りを楽しむ老人が目をギラつかせている。

 私は母なる海の前でぼやいた。


「あぢぃ」


「へそを出したらみっともないですよ、サメさん」


 だって暑いんだも〜ん。


「どうです?海へ来ましたが、何か思い出しましたか?」


 ナナノは首を横に振った。


「すみません。何も」


「ま、そう簡単に思い出せたら苦労はないですよ。ほら、折角の海なんですから遊びましょうよ!」


 キリがそう云い放って服を脱げば、いつの間にか着込んでいたのか、なんとも際どい水着が「あーらーわーれーまーせーんー!」

 ちっ、おしい。キリは靴を脱いで波打ち際へとかけていった。波は穏やかなので、くるぶしが浸かるくらいの深さまでなら水着がなくとも問題はないだろう。


 足が冷たくて気持ちいい。ナナノもおっかなびっくりその場で足踏みをして砂浜に足跡をつけている。残念ながら私たちがつけた足跡は波が攫って消えちゃうんだけど。諸行無常なりなむなむ。


 パシャン、と私の背中に水がかけられた。私が幽鬼のようにゆらりと振り向けば、背後にはいたずらっ子みたいな顔をしたキリが構えていた。こいつやりやがったな!普段着ならともかくこの服はし◯むらで買った一丁羅なんだぞ!

 怒りに震えた私は無我夢中で反撃を開始する。いつしかナナノも輪に加わっていて、ひと段落つく頃には3人ともそれなりに濡れてしまっていた。


 全員が肩で息をする中、ナナノが呟いた。


「あ……ナナノを呼んでる……?」


 ナナノの視線の先にあるのは広大な海。私はその辺りで泳いでいる人物に目を凝らし、


「誰かがナナノちゃんを呼んでるの?どの人?」


 ナナノは迷うように指を空中でうろうろさせるが、一点を指すことはない。

 とここで、浮き輪で漂っていた海水浴客が、沖へ流されていった。私が報告するまでもなくその様子をめざとく発見したライフセーバーが救助に向かう。さすがはプロ。みるみる距離を縮めていき海水浴客に追いつくと──二人が視界から消えた。


「え?」


 ある程度海へ出ていた海水浴客が同じように流されてゆく。私たちの足を撫でる波も、引き寄せる力が強くなっていた。

 パニックは伝染する。ざわめきが悲鳴に変わるまで、そう時間は掛からなかった。


「やばいやばい!すぐ海から出て!」


「で、でも呼ばれて……」


「今はダメです!落ち着くまで別のところへ行きましょう」




──渦潮が発生していた。

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