第5話

ひとまずナナノをおぶって、虹敬泉へ戻ってきた。旅館の人に事情を話してナナノを親元へ返すのに協力してもらおう、という算段だ。まずはナナノの衣服を取り揃える必要がある。

 従業員に相談するとすぐさま先ほどの女将さんが飛んできた。


「そういうわけでナナノちゃんをとりあえず保護したんですが、女将さんはこの子に見覚えってないですかね。指の数からしてこの島の子だと思うんですけど」


「心当たりはありませんね。しかし事情は把握しました。とりあえずナナノ様の服をご用意しましょう」


 ナナノは従業員に連れられ、別室へ着替えに行った。ニコニコしてついていこうとしたキリが女将さんに止められる。


「今のうちにナナノさんにはできない話をしておきましょう。これは警察に相談して済む話ではありませんので」




 最初に出てきた言葉は、衝撃的なものだった。


「あまり大きな声では云えませんが、私が思うに、ナナノさんは捨てられたのだと思います」


「……それはナナノちゃんの親にですか?」


「ほぼ間違いないかと」


「ナナノちゃんが捨てられたって、どうしてわかるんですか。きちんと躾を受けていなければあんな礼儀正しい利発な子にはなりません。

 ナナノちゃんが大切に育てられた証拠ですよ」


 キリの憤りに女将さんは物憂げな顔をして答えた。


「ナナノさんの家の事情はわかりません。ですが、ナナノさんの7本の指、それが捨てられたという根拠です」


 私たちは絶句した。指が多いから子を捨てるなんてそんなバカな話があるか。ましてや指6本がデフォルトの灰冠島で。


「今の言葉を理解していただくにはいくらか説明をいたしませんとなりませんね。一般的に7は幸運の数字、4、6、13などは不吉な数字として知られています」


 4は『死』からの連想、6は悪魔の数字666から。13は13日の金曜日が発端だろう。それくらいは私の知識にもあった。


「ですが、6は島の人間にとって幸運を呼ぶ数字で、7は災厄を呼び寄せる不吉な数字なのです。

 この島では7というのは忌むべき数字であり、7本の指を持つ子が産まれるというのは、鬼が産まれてきたような、とてつもなく縁起が悪いことなのです」


 ところ変われば文化は変わる。不吉の象徴が変わるのもまた然り。だが──


「言いたくはないですが、その理屈ならナナノちゃんは赤ん坊のときに捨てられているはずです。不自然ですよ」


「それについてはなんとも。人が常に合理的な理屈で動くとは限りませんから。木箱に入れて川に流しているあたり、宗教的な意味合いが強そうではありますが、それこそナナノさんの両親に聞かない限り永遠にわからないことでしょう」


「でもあなたは随分親切にしてくれますよね。島出身なのに」


 キリも私と同じ疑問を抱いていたようで、頭の動きに合わせて尾がメトロノームのように振れる。島民が7本の指を忌むのなら女将さんも条件は同じはずなのだ。


「七色の虹を敬うこの旅館としまして、7本の指を恐れ敬いはすれど、忌み嫌うことはございません。ナナノさんに無礼を働けば、末代までの恥でございます」


「あー、だから虹敬泉なんですね。納得です」


「移動時やお店では出来る限りナナノさんの指を見せないよう注意してください。遠巻きにされるならまだしも、理由をつけてその場を追い出されるかもしれません。島の警官の指も6本ありますので、相談するなら本土に戻ってからがよろしいかと」


 女将はそう締めくくった。これは中々面倒なことになった。ナナノを然るべき機関に託すこともできないとは。ただ、ナナノの分の宿泊料は虹敬泉で負担してくれるそうだ。私たちは旅館の好意に素直に礼を云った。


 やがてナナノが着替えて戻り、ぺこりと女将にお辞儀をした。


「心遣い感謝します。服は必ずお返しいたします」


「お客様の忘れ物です。預かり期間の一ヶ月も過ぎ、処分するところだったのでちょうどいいでしょう。返す必要はありませんし、気にせずお使いください」


 ナナノの畏った態度に、女将が朗らかに対応する。これが大人の会話ってやつか。


「またなにかございましたらお呼び付けください。虹敬泉の代表として、ナナノ様を全力でもてなさせていただきます」




 キリがナナノに袖の余るパーカーを着せた。日差しはきついが、ちょっと我慢してもらうことにする。


 やれやれ。のんびりとした楽しい旅行になるはずだったのに、とんだ面倒ごとに顔を突っ込んでしまった。

 当のナナノは、至福の表情でキリの耳をモフっている。大人びてはいるけど、やっぱりまだ子どもだ。旅ってのは人数が多いほど盛り上がるものだし、これも悪くないだろう。

 私は苦笑して二人に呼びかけた。


「それじゃ、そろそろ食べ歩きへ行こっか!」

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