第4話

「ええっと……私は佐芽、こっちのお姉さんは駒山ね。あなたの名前を聞いてもいいかな」


「ナナノと申します。佐芽……サメさんとキツネさんですね。よろしくお願いします」


 年不相応に落ち着いた子だ。キリは子どもですしいいですかね、とキツネさん呼びを受け入れた。


「ナナノちゃんはどうしてこの中に入って──ううん。入れられてたの?」


「分かりません。忘れてしまいました。いわゆる記憶喪失というやつですね。端的に云いまして、ナナノは自分の名前くらいしかわかりません」


「記憶喪失ですか!?」


 失礼してナナノの頭をまさぐってみると、小さなたんこぶができていた。木箱の中で頭を強く打ったのかもしれない。


「それにしては妙に落ち着いているような」


「そうかもしれません。元来こういう性分だったのでしょう」


 キリが私に耳打ちしてくる。


「この子大人びすぎてませんか。高校生でももう少し慌てますよ」


 私も驚いている。小学1年生は、お姫様に憧れていてもまだ許される年齢だ。私? 私は戦隊ものに夢中だった。


「木箱にはナナノちゃんの他にアジサイと瓶が入っていたの。覚えはないかな?」


 私はアジサイと瓶を取り出した。瓶は全部で7本で、ラベルも何も貼られていないが何か液体が詰められている。お酒だったらいいな。

 ナナノはしばし唸って答えた。


「申し訳ありません。思い当たる節はないです」


 そうかそうかと残念がりながら私とキリはリュックに瓶をしまってゆく。瓶を持ち帰るのはあくまで調査のためだ。お酒を期待しているわけでは決してない。

 瓶に全く関連はない、関連はないが、私は夕食の蟹味噌酒に胸を馳せた。


「一つ思い出しました。わたしは海へ行こうとしていたのです」


「海?」


「はい。海はどちらの方向でしょうか」


「海はあっちですが……まさか一人で行くつもりですか?」


「はい。お二人とも、助けていただきありがとうございました」


 ナナノは深くお辞儀をしてスタスタと場を立ち去ろうとする。しかしナナノは裸足で、熱された石が少女の足取りを乱す。大人びてはいたが、仕草は年相応だった。


「ナナノちゃん、待ってください。海へ行きたいという意思はわかりました。でもまずは家族と再会すべきです。それからでも遅くはないですよ。海はただあるだけ。どこへも逃げませんよ」


 優しいキリの言葉に私も追従する。


「キリいう通りだよ。海へ行くにしても、たどり着くまでに足を火傷しちゃう。ほら、えーっと『急がばぐるぐる』って昔の人も忠告してくれてるでしょ?」


「『急がば回れ』です。うろ覚えでことわざを使わないでください。でも、確かにお二人の言葉は正しいのかもしれません。ナナノのような子ども一人では厳しい現代社会を生き抜くことは困難でしょう。そうですね。ここはお言葉に甘えましょうか」


 お世話になります、と頭を下げ、ナナノは初めて緩んだ表情を作った。


 あまりにできのいいナナノに、この子は本当に助けが必要なのか?と改めて自問自答してしまった。

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