第3話

 3袋目に手をつけようとしたところで私はキリに引っ張り出された。


「食べ歩きもするんですから少しは控えてください」


「私は悪くない。理性を狂わせるほど魅力的な温泉饅頭が悪いんだ」


「これから死ぬほど食べられますから。ほら、行きますよっ!」


 程なく川へ降りるための階段を発見し、丸くなった石がゴロゴロ転がる川岸へと私たちは降り立った。

不安定な足場に戸惑いながらもあの木箱のもとへたどり着く。木箱は1/3ほどが川に浸かったままで、角は釘でしっかりと打ち付けられている。水でいくらかふやけてはいるだろうが、朽ちている様子は一切ない。


「中身が気になるけど、開けるのは大変そうだね。工具がないと厳しそうだなあ」


「フフン、私に任せてください!」


 キリがない胸を自慢げにそらした。彼女の名案とはいかに。


「私の狐火で燃やしちゃえばいいんです!」


「え」


 キリの尾が怪しげにふわりふわりと揺れたかと思うと、突如木箱に火柱が上がった。


「すごいでしょう。これが村を焼き払った力の一端ですよ。これで中身を見れますね」


「いやいやいや。燃えちゃまずいものが入ってたらどうするの!」


 私は慌てて木箱を川に押し込み鎮火させた。冷や汗が私の頬をつたる。狐火やばっ、放火し放題じゃん。キリを怒らせるのは絶対にやめようと私は決意を固めた。


「確かにその可能性もありましたね。さすがサメさんです」


 木箱はいくらか炭化して脆くなった。これなら破壊することもできそうだ。狐火は結果的には正解だった気がしなくもない。常識的には不正解だが。

 力任せに箱の蓋を破壊すると、まず目に入ったのは


「アジサイ?」


 箱の中にはアジサイの花が敷きつめられていた。アジサイというと梅雨、6月のイメージが強い。今は8月だ。なぜこんな時期に。それと、瓶?どういうことだろう。

 全体像を確認しようとさらに蓋をベリベリと剥がしてみる。


「あ!」


「人がいます!」


 中には少女も収められていたのだ。私とキリは慌てて残りも剥がしていく。小学1年生くらいだろうか。協力して箱から少女を引っ張り出せば、少女は白い装束を纏っていた。そうなれば流石に、私もキリも理解した。これは棺桶だ。


「……かわいそうに。せめてもの供養として狐火で焼いて埋めてあげるのはどうでしょうか?」


 私はゆっくりと頷いた。きっと川に流すのがこの島での葬儀方法なのだろう。私たちは余計なことをして死者を辱めてしまったらしい。──ん?


「今ちょっと動かなかった?」


「そうですか?」


 私は少女の胸に耳を当てた。ドクン、と力強い心臓の鼓動が鼓膜を震わせる。


「やっぱり生きてる!」


「本当ですか! じゃあ救急車を……」


 キリが連絡する前に、少女がうなって、ゆんゆんと体を起こした。眠そうな目を擦って、一つ大きなあくびをした。つぶらな瞳をぱちくりとさせ、私たちを不思議そうに見つめた。


「おはようございます」


 私たちは律儀な挨拶に答えることもなく、しばし呆気に取られていた。そこで初めて気がついたのだ。

 ──少女の手には、指が7本付いていたことに。

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