第11話 天界

 虹色の空、雲のような地面、いや、雲そのもののようだ。

 なのに、その雲から草木が、生茂っている、不思議な光景だ。

 羽の生えた白い衣を着た人たち。

 頭上には天使の輪。

 貴史はしばらくその光景に呆然と見惚れていた。

「ここは……天国……俺、死んだのか」

 貴史はつい先程までの、阿修羅王との戦闘を思い返していた。 

「そうだ‼︎ 何か光のようなものに包まれて、吸い込まれて、ここに来たんだった。 もしかして、ここは六道の天界……なのか?」

 頭上より、それは誠に眩しい目も開けないほどの光が照らされ、その光の上部より、いかにも神様って感じの者が降りてくる。

 貴史は呆然とその神様らしき人を見ていた。

「あまりジロジロ見るでない鬼神……いや、元は人間じゃったな」

 不思議と先程までのイライラ感、憎しみや怒りが消えている。

 おそらくこの天界の空気がそうさせているのだろうか、なぜだか、穏やかで、平常な気持ちになっている貴史である。

「貴史よ、理性は戻ったな。 話を始めたい。 宜しいか?」

「あの、あなたは神様ですか?」

「天界におる者をそう呼ぶのであれば、そうなのであろうな」

 神は全てを見透かしているのか、哀れみの目で貴史を見ている。

「貴史よ、これからワシが話す事をよく聞き、そして、答えを聞かせてくれ」

 貴史はただうなずいた。

「リノは鬼神を使い、今の世を破壊しようとしていた。 あやつは、今の世に嫌気をさしていたからな。 特に人間界にな。 我々にはそう思えていた。 阿修羅王は鬼神を手に入れ、天界を攻め滅ぼしたかった。 ヤツはワシらを憎んでおるからな。

 サチはただ、そのままを願った。 だから、餓鬼界でお前を見捨てた。 黒鬼に殺されてほしかったんだろう。 そして我ら神は、リノを捉え、六趣の木に捧げ、人間界を元通りにしようとした。 六趣の木というものがあってな、罪深き者を六趣の木に捧げれば、その血肉を養分に、木は六道すべてに光の雨を降らす。その雨は全てを再生させる。 だがリノは先にサチに捕まり処刑された。 お主の選択は二つ。

現在、人間界の8割は鬼となり、人間のまま生存しているのは残り2割、その人間達を守るか、もう一つは……」

 神は悲しそうな目、哀れみのような目で、貴史を見ている。

「分かってます。 俺もまた罪深き者だから。 だから俺の答えは、再生したい。正直、今の世の人間は、悪い人がたくさんいる。 けど、良い人もいて…… だから俺は再生したい。 偽善者でも良い。似非ヒーローでも良い。 だって、それが俺だから。」

「貴史よ、神や鬼、そして修羅や餓鬼畜生、それは人の強き願い、想像によって造られたもの。 六道さえも人の想像により出来た世界。 救ってくれるものが欲しかった。 罰を与えてくれるものがほしかった。 天国や地獄もそう。 人は消滅し無になるのが嫌だから、天国を想像した。 そして悪人には死しても罰があるということを知らすため、地獄というものも想像した。 お前の想いはこれから六趣の木に影響を与えるであろう。 人の心は六道輪廻。 六趣の木による雨の中には養分となる罪深き者の六道の心が影響を及ぼす。それが人間の心そのものだからな。怒りの心、貪る心、愚痴の心、、争う心、平常の心、喜ぶ心。 人により、どの心が大きいかはそれぞれで、それが六趣の雨により六道の世界、すべてに影響を与えるのだ。」

「影響ですか…… リノに噛み付かれ、人間じゃなくなって、修羅界に来て、六道を巡って、リノやサチ、そして阿修羅王や神様の願いを知って思いました。 今まで当たり前で普通と思ってたこと。 けど、普通は、普通であって普通じゃないって。 俺の六道の心が世界にどんな影響を及ぼすのかは分からないけど、きっと、今の世は、みんながみんな、いろんな悩みや葛藤の中で生きてて、苦しかったり、もがいてたりして、その中で、自分が正しいと思う事を探してて。 だから今、思う事は、六道が人間の心というのなら、喜びの心、それはきっと本当は、与えられる喜びじゃなく与える事、つまり、相手を喜ばす事なんだと今では思うんです。それで、その人の笑顔を見て、自分も笑顔になれたら、サイッコーに幸せなんだろなって。それこそが喜びの心そのものだと思うんです。」

 神はニッコリと笑顔になった。

 貴史は少し沈黙し、再び話し始めた。

「あと、六趣の木に捧げられ、光の雨で元通りの世界になるって言ってましたけど、捧げられた者はどうなるんですか?」

「捧げられたものは初めから存在しなかった。と言う事になる。 黒鬼王にあとから聞いたんだが、リノは初めから、我らにわざと捕まり、六趣の木に身を捧げる。それこそが、リノの望み、再生は破壊からしか生まれないからね」

 貴史の目から、涙が溢れ出た。

「貴史よ、自分の存在がなかった事になるのが悲しいか?」

「いえ、リノがどんな気持ちだったのかと思うと、なぜか涙が」

 神は貴史の後方を指差す。

「六趣の木は、その先にある。」

 神の指差す方向を見ても、無限に雲の地平線が広がっているだけにしか見えないと貴史が思ったその時、何かかすかな声のようなものが聞こえる。

「こっちへ」

 そう言っているように貴史には聞こえた。

「神様、ありがとうございました。 俺行きます」

 貴史は神にお礼を言い、神が指差した声のするほうへと走り始めた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る