第5話 出発

 貴史はバイクで、リノに噛みつかれた海に到着した。

 仮面の女が近寄ってきた。 

「早かったな」

「そりゃそうだろ。この顔で家族に会える訳がないだろ」

「私の仮面を貸せば良かったか?」

 少し笑ったような言い方で、話す仮面の女。

「いや……逆に怪しいから」

 仮面の女が海のほうを眺めている。 

 すると、波が止まり、砂浜から数十メートル先が黒くなった。

「地獄界に行く前に、一度、修羅界の王、阿修羅王に会いに行くぞ。 情報収集もしたいしな」

 貴史は何のことか分からずうなずいた。

 そして、仮面の女に手を引かれ、海の黒い所へと泳いだ。

 不思議と体の力が抜け、水中の沖へと引っ張られていく。

 ゴボゴボ、息が苦しい、海水を大量に飲み込み、溺れる。もうダメだと貴史は思った。

 裕之……流美……ゴメン……そんかふうに考えた時だった。

「ゲホゲホッ」

 目が覚めた。

 身知らぬ砂浜で気を失っていたようだ。

「ここはいったい」

 起き上がって周りをキョロキョロとする貴史。

 少し離れた所に、仮面の女が立っている。

 けど、何か雰囲気が少し違う。 

 そう、仮面を被っていないんだ。 

 女はゆっくりとこちらを振り向く。

 正直、ここへ来るまでは、訳の分からない、気の強い変な女としか思っていなかった貴史だったが、その素顔が、すごく可愛いく思えていた。

「仮面は?」

「別世界に行く時は仮面で顔を隠すのが修羅界の掟なんだ。」

 しかし貴史にとってはあまりにもタイプで、目を合わす事すら難しかった。

「その少し先に見えてるのが阿修羅城。 阿修羅王様がいらっしゃる場所だ」

「正直、すごく怖いけど、行こう」

 貴史と仮面の女は阿修羅城へと徒歩での歩いて向かった。

「聞いていいかな?」

「なんだ?」

「名前、聞いてなかったなと……、俺は貴史」

「サチ」

 どこか恥ずかしそうに名前を教えてくれた。 

 今更ながらの自己紹介をしている間にも、阿修羅城に到着した。

 阿修羅王がいるという部屋を目指し、最上階まで階段を登る貴史とサチ。

 ゾクッ

 すごい寒気が貴史の体を走った。

 凄いものに睨まれているような、捕食されるような、そんな視線のようにも感じた。

 目の前に、金色の馬鹿でかい金の扉がある。

 10メートル以上はある高さだ。

 その扉が、ギギギと音を立て、ゆっくりと開いていく。 

 何かがいる。 

 大きい、かなり大きい。

 サチが膝をつき、頭を下げている。

 貴史は呆然と眺めていた。

 10メートル以上の大きさに、顔は三つ、腕は六本、体色は青く、怖いようで、どこか神々しい。

 サチがこっちを見ている。

「跪け、無礼であろう」

 阿修羅王はこちらを見ている。体が動かない。凄い威圧感だ。

「良い良い。おぬしがリノに噛まれた者、半修羅の貴史だな。」

 あまりの威圧感に黙る貴史に代わり、サチが口を開いた。

「阿修羅王、その通りでございます」

「ぬしには聞いておらん」

 阿修羅はサチを睨む。

「すみません阿修羅王」

 阿修羅は貴史をジッと見ている。

 貴史は全身がガタガタと震えている。 

 それもそのはず。

 10メートル以上もある。体の青い顔三つ、腕六本の者に睨まれると動ける訳もない。 

「さて、これからヌシらには、地獄界に行ってもらい、地獄の黒鬼王の血を飲み、完全なる修羅となってもらう。 そうする他には生きる道はない。 もちろん修羅になれば我の兵隊になってはもらうぞ」

 貴史は震える声を振り絞り答えた。

「覚悟の上です。」

「ヌシらが地獄界に行っておる間、我らはリノを見つけておこう。それと今後もサチがお前の案内役であり、教育係だ。分からない事はサチに聞くと良い。そしてこの仮面を持って行け。」

 阿修羅王は貴史に、仮面を投げた。

 サチの仮面に似た仮面だが、少し模様が違うようだ。

「かぶれ。それは修羅の証であり、力を与え、守護してくれる」

 貴史は心の中では、本当かよ?と疑う気持ちもあったが、サチと同じなのがなぜか少し嬉しくて、ふぐに被った。

「似合うかな?」

 サチが呆れた顔で貴史を見ている。

 「行くよ」

 パリパリパリと音を立て、空間が割れていく。

 サチが貴史の手を引く。

 サチに手を引かれ、真っ暗な空間の中に吸い込まれる貴史とサチであった。




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