第2話 感染
貴史はバイクを走らせ、親友である裕之の家を目指す。
親友の裕之なら力になってくれる。
そう思ったからだ。
と言うより、とりあえず、兄にあんな事をした自分をかくまってほしかったのだ。
裕之の家に着いた貴史はとりあえずバイクを裕之の家の裏に隠した。
ピンポーン、チャイムを鳴らすと裕之が玄関から顔を出した。
「なんだよ?一人ゆっくり自分の城で寛いでたのに」
「一人暮らしは楽しそうでいいよな」
「そうでもねーぞ、ご飯の準備やら掃除やら、全部自分でしなきゃだしな」
「そりゃ大変だ」
裕之はじーっと貴史の顔を見ている。
「何?」
「お前、その唇どうしたの?」
「それは後で話すから、とりあえず中に入れてくんない?」
裕之の部屋は相変わらず汚い。
ゴミはゴミ箱に入ってないし、雑誌は散乱してるし。
裕之がもう一度、聞く。
「で、何? お前がここに来る時って、大抵ろくな時じゃないからさ」
「実はさ」
貴史は今日の出来事を一から裕之に説明した。 裕之はただ黙って頷いきながら聞いてくれていた。
「お前さ、夢見てたんじゃねー?」
「そんな訳ないよ、現にこんな唇、普通こんな噛みつかれた後ないだろ?」
「変な女に手〜出そうとして、噛みつかれたんじゃねーの?」
「もういい‼︎帰るよ」
貴史はこれ以上、裕之に、話しても無駄だと思った。
とその時、唇が痛む。
裕之が、化け物でも見るかのような目で貴史を見ている。
「お前、その顔……」
貴史は裕之の部屋にある鏡で自分の顔を見てみた。
唇の傷口から黒い線のような模様が頬や額のあたりまで伸びている。
「苦しい……」
「大丈夫か?貴史?」
裕之が貴史の肩に手を当てたその瞬間、貴史は振り返り、裕之の首に噛み付いた。
「痛ってー」
裕之は大きな声で叫んだが、一人暮らしのため、誰も助けには来てくれない。
貴史がどのくらいの血を吸ったのか、満足げな笑みを浮かべ、裕之の部屋を立ち去る。
裕之は息はあるものの、痙攣している。
貴史は再びバイクに乗り、行くあてもなく、走らせた。
時間にして一時間経っただろうか、裕之が目覚めた。
しかし首から貴史と同じような黒い模様が頬や額に伸びている。
二階にもかかわらず、部屋の窓から、ガラスを割り、表に飛び出た。目の前に、若く綺麗な女性、二十歳くらいの女性が啞然とした顔で口をパクパクして立っている。
言葉も出ないほどビックリしたのだろう。 裕之は、そんな女性の喉元を容赦なく噛み付いた。
そしてゴクゴクと音をたて、血を飲んでいる。
噛まれている女性は動く事も出来ず、体がピクピクと痙攣してる。
血を吸い終わった裕之は満足げな顔をしている。
女性は薄れゆく意識の中、裕之に聞いた。
「どうして?」
「仲間を増やすんだ。人間界は鬼が支配する‼︎ 」
「裕之‼︎」
そこへ聞いたことのある声、流美が立っていた。
ハァハァと息を切らしている。
おそらく貴史を追ってきたのだろう。
「貴史はもういないぞ。 素晴らしい力を俺に与えてくれてな」
「貴史……どうして」
「流美、次はお前の血を貰うぞ。さどかし、うめーんだろーな」
流美は後退りしながら、裕之に聞く。
「この女の人、殺したの?」
「大丈夫。もうすぐ目覚めるよ、俺と同じ鬼となってな」
「鬼っていったい何んなのよ?」
「知ってんだろ?貴史を見たんだろ?」
「貴史は?」
「さあな、それにさ〜、今決めたんだよ、お前の血はさ、全部飲んでやるよ。だから鬼にはなれない。干からびた死体になっちゃうよな〜」
流美は真っ青な顔になり、裕之から目をそらす。
裕之は流美の体の上から下まで舐めるように見ている。
「じゃーいただきます」
裕之が流美を押し倒し、首元に噛みついた。
「痛い」
身体から血が抜けていくのが分かる。
遠のく意識の中、流美はもう無理だと諦めたその時、パァーンという銃声のような音が響いた。
流美の上にかかる体重が重く感じる。
霞む目を凝らして懸命に見ようとする流美。
そこには気を失っているのか、生き絶えているのか、動かない裕之が、流美の上に横たわっていた。
視線を上に上げる流美。
そこには、見たことのない人が立っている。
右手には拳銃を持ち、黒いタンクトップに迷彩柄のズボン、そして仮面を被っている、何かお寺で見た事のあるよえな梵字らしきものが頬の部分に書かれている。
髪はポニーテールで、スタイル的に女性だろう。
そしてその銃口は、流美のほうにも向けられる。
その仮面の女性は、流美の肩に手を当て、銃口を左胸に当てる。
流美は小さな声を振り絞り、仮面の女に言った。
「貴史を助けて……」
「さあな、それはそいつ次第だ」
パァーンと銃声と共に、流美は生き絶えた。
時間は夕刻、今日は夕焼けの綺麗な日だ。
仮面の女は空を見上げている。
「急がねばならないな」
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