第18話初恋

「今日はありがとう、刹那。祭りというのはあまり体験したことがなかったが、すごく楽しめたよ」

「なら良かったです」


藤二郎たちが泊まる宿の部屋で、お茶を飲みながら会話をする刹那と藤二郎。

千紗たちは先に風呂に行っており、今は2人きりだ。


「私も、ありがとうございました。ぬいぐるみ」

「結構可愛いぬいぐるみだな」

「このシリーズ、ストラップタイプなら一個持ってるんですけど…ぬいぐるみは、初めてです」


嬉しそうに微笑みながら、ぬいぐるみの手を掴み、動かして遊ぶ刹那。

藤二郎はその様子を少しの間、黙ってみている。


「……刹那」

「はい。何でしょうか」

「アイツ…成宮とは仲が良いんだね」

「………それほどでもありません。むしろ、仲は悪い方ですし」


刹那の返答に、藤二郎は苦笑する。


「今日の様子のどこが仲が悪いんだか」

「…まぁ、仲が悪くなったのは、私が原因なんですけどね」

「どうして?」


純粋に気になり、藤二郎が聞く。

刹那は一瞬視線を彷徨わせた後、はぁっと息を吐き話し始める。


「…私が、その…こーくんを、好きになってしまって」

「え?」

「あ、すみません。変ですよね。小さい頃からずっと一緒で、お風呂も寝るのも一緒だった人を好きになる、なんて」

「………………」


藤二郎の思考が止まる。


「好きって、恋愛感情の好き?」

「多分…まぁ、はい…小学四年生頃だったと思うんですけど…こーくんといると、幸せだなって、こーくんが笑うと、嬉しいなって、そう思うようになったんです」


やわくやわく、頬を染め微笑む刹那。

藤二郎はその微笑みを見て、少しイラつき始める。


「そうか。それは今も?」

「…お恥ずかしながら、今も、です」

「…そうか。刹那」

「?はい」


藤二郎は刹那の方へ少し向き直り、右手を上げ


パチンッ


刹那の頬を打った。


「っ…は、ぇ、と、うじろ、様?」


突然のことに、軽い衝撃ながらも少し後ろに倒れた刹那。

未だ状況が飲み込めず、痛みを感じ始めたであろう左頬を手で押さえている。

泣いてはなく、ひたすらに混乱している。


「刹那。お前は今、出演者としてこの祭りに参加しているが、それでも早乙女家のメイドだ。その自覚を持って、成宮に接しろ。お前と成宮では、身分が違うんだよ」


追い討ちをかけるように、冷たい声と眼差しでそう言う藤二郎。

刹那は少し顔が青ざめており、視線も彷徨わせている。目には涙がたまっていて、泣くのを堪えているといった様子だ。

そして、小さく息を吐き


「わかりました。結果的に公私混同になってしまい、申し訳ありません。今後、気をつけてまいります」


では、というと足早に去っていってしまう。

月のよく見える和室に、藤二郎だけが残された。


「………………っはぁ」


完全に足音が聞こえなくなった後、藤二郎は刹那の頬を打った自身の右手を見る。

藤二郎は、男の中では線が細い方だろう。男の中ではそんなに力も強くない。

だが、それは全ての話だ。

刹那は女子の中でも小柄な部類に入るし、本人に言ったら笑顔で凄まれるが、非力だ。

そんな刹那を、打った。軽くとはいえ、音もした。


打って今更、心配になってきた。

しかし、自分には追いかけ、心配する資格は無いだろうと考える。


ガチャッ


「ちょっと坊ちゃ〜ん、刹那ちゃんのこと、打ったんですか?」


都華咲が部屋に入ってくるなり、そう聞いてくる。


「聞かなくても分かるだろう」

「いやまぁ、盗み聞きしてたんで話全部わかるんですけどね」

「…千紗」

「はい」

「あだ、あだだだだだっ!!!」


藤二郎の指示で、都華咲に関節技を決める千紗。

優弥はただ無言でその光景を眺めている。



この日を境に、5人の雰囲気はあまり良く無いものとなった。

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