第3章〜入り込めぬ絆〜

第11話懐にゴキさん待機

カチッ コチッ カチッ コチッ


時計の音が嫌に響いて、元から暗くなってた空気がさらに暗くなる様な気がします。


今私がいるのは、私と千紗さん、都華咲さんたちと藤二郎様、5人だけの特別休憩室。

いつもならばらけて過ごしていますが、今回はみんな、テーブルの周りに集まっています。

1人用のソファーに千紗さんが座り、落ち着くからという理由で私は千紗さんの膝の上に。

藤二郎様と優弥さんが2人用のソファーに。

都華咲さんは、2人用ソファーの肘掛けに寄っかかっている状態です。


真ん中にある小さめのテーブルには、黒い字で『千紗へ』と書かれた無地の白い封筒。

その隣には手紙の中身である、千紗さんが写った写真が3枚と、退職届と新しい履歴書が一枚ずつ。

これは、私がさっき、あの脂ギッシュな方から受け取ったモノ。


写真は盗撮した様な角度からで、少し気持ち悪いです。

千紗さんは先ほどから喋らず、ただ私の背中に抱きついている。

どうしたらいいんでしょうか…。


「…まぁ、絶対的にアイツだろうな」

「だな」

「っす」


藤二郎様が腕を組み、背もたれに寄りかかりながら、差出人が誰か分かったようなことを言い、それに優弥さんと都華咲さんが続く。


「はぁ〜…うざってぇ…」


そしてその後に続いた千紗さんの言葉。

これは…結構参ってそうですね…

少し体の向きを変えようとして、もぞもぞと動くと抱きついている腕の力が少し強くなる。


「刹那、どこか行くの?」

「いえ、どこにも行きませんよ。少し向きを変えようかと思いまして」

「…そう」


それだけ言うと、少しだけ力を緩めてくれる千紗さん。

体の向きを変え、右側を向いて千紗さんの頭ごと抱きしめる。


「大丈夫です。私は、千紗さんのそばにいますよ」

「っ…」


普段は抱きしめられ、撫でられる側だったので、ちゃんとできているかはわかりませんが、とにかく少しでも千紗さんを安心させてあげたかった。

私はされたことが無いけれど、こんな手紙を渡されたらすごく怖いと思うし、不安になると思うから。


「……ふっ」

「?」


しばらく千紗さんの頭を撫でていると、藤二郎様が小さく笑った。


「ありがとう、刹那。千紗もだいぶ安心できたと思うよ」

「そうですか?」

「あぁ。それで、刹那。お前にも少し話がある」


優しく笑いながらそう言う藤二郎様。しかし、その“話”は本当に重要なことらしく、一瞬にして藤二郎様の纏う空気が変わる。


「…お話とは、一体…」

「千紗にこの手紙を送りつけた輩のことだ。多分、お前も顔を見られているからね。念のために話して置こうと思ったんだ」

「…あぁ。あの脂ギッシュな方のことですか?」

「脂ギッシュ?…っふ、あ、あぁ。そうだ。髪をオールバックしていただろう?」


私の脂ギッシュな方、と言う例えが面白かったらしく、藤二郎様は少し肩を震わせながら話を続ける。


「はい。正直言って、結構気持ち悪かったです」

「言うね、刹那。正しいけれど…あの男の名は、赤城米数あかぎよねかず。あぁ見えても千紗と同い年だよ」


微笑みを浮かべながらも、話を続ける藤二郎様。

しかし、今聞き捨てならない情報がありましたよ。


「千紗さんと同い年……え、アレ、18歳なんですか?」

「あぁ。同い年だ。アレでも18だ」

「…あ、あんな18歳…許されるんですね」


ある意味の恐怖から青ざめる私を、クスクスと楽しげに笑いながらみる藤二郎様。

うーん…いつもは私が笑う方なんですけどね。


藤二郎様は、身内のこととなると冷酷になる。

ここで働き始めた頃、誰かにそう聞いたことがありました。

本当なんだな、と今実感しています。



…さ、私も何か準備をしておきますか。

とりあえず、千紗さんを困らせる野郎に投げつけるため、懐にゴキさんは待機させておきましょう。

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