第8話憧れの的
私、如月千紗が仕えるお方、早乙女藤二郎様は、学園中の憧れの的だ。
成績優秀。誰にでも心優しく、それでいて人を従える才能を持っている。
他者からの反感は最低限に抑え、文句などはしっかりと聞き、最善策を考え出そうと積極的に行動している。
知らず知らずのうちに、藤二郎様を慕う人間は増え、女子生徒の間では『王子様』。男子生徒の間では『神』や『帝王』と密かに呼ばれているらしい。
中には悪評を流そうとする人間もいるが、そんなもの、私や都華咲が許しはしない。
学園は鳥籠である。閉鎖された見えない世界。だがそれは、言い換えればこの世界で完結しているのだ。学園の中のことは、必要以上に外へ持ち出そうとはしない。
藤二郎様はそんな暗黙のルールを逆手に取り、将来役立つであろう人脈を広げている。
そのための、言わば仮面だ。成績優秀で優しい人間は。
まぁ、優しいのは藤二郎様の元からの性格もありますがね。
「藤二郎様」
「どうした?千紗」
呼びかければ、視線を私に向けず前を見たまま返事をする。アメジストの様な綺麗な瞳が光に反射し煌めく。
私はそれに満足し、いえ、と続ける。
「もうそろそろお昼の時間です。中庭に優弥さんが来ている頃でしょう」
「もうそんな時間か。…都華咲」
少し考えるように目を細めると、目の前で藤二郎様に、何やら冤罪をふっかけようとしていた連中を殴っていた都華咲に声をかける。
「何ですか?藤二郎様」
ケラケラとキツネのような笑顔を浮かべ、都華咲は振り向く。
左手は相手の首襟を掴み、右手は今にも殴りそうな位置で止まっている。
「もう昼になるそうだ。優弥が場所を取っていると思うから、そろそろ行くよ」
「はーい。こいつらはどうしますか?」
ドサッと、既に意識のない男子生徒(確か早乙女家には遠く及ばない、弱小の成金一族の息子だ)を放り投げ、パンパンッと手を払いながら、藤二郎様に聞く都華咲。
「何。問題無いさ。いつものアイツに頼んである。」
「そうですか。それじゃあ、綺麗に拭いたんで行きましょう」
「あぁ」
藤二郎様は学園中の憧れの的だ。
それ故、今回のように何かに巻き込まれることは日常のこと。
そんな主人を守るのが、私や都華咲、優弥さんの役目。
それなりの地位にいる人間とは、綺麗なものだけでは上手くいかないのだ。
「…(まぁ、でも。あの子には綺麗なままでいて欲しいんだろうね)」
絶対に口には出さないタメ口で、思う。
あの子。
一番最後に藤二郎様の元へやってきた、綺麗な子。優しい春色の子。
私だって、思う。あの子には、綺麗なままでいてほしいものだと。
あの子はあの子らしく在ってほしいと、そう思う。
「…刹那、今頃何しているでしょうね」
「…さぁ。また不思議な味でも見つけてるんじゃないかな?」
「え、それって俺がいけにえになるってことですか?」
「「…」」
「え」
「「骨くらいは拾っておくよ(おきますよ)」」
「う、うわぁぁぁぁ!!!」
「あ」
「追え」
「御意」
赤く汚れた暗い世界。
今日も私たちは自分を、家族を守る。
共に暮らす彼女のため。
我らが主人、藤二郎様のため。
そして、己の命のため、同僚を追いかける。
「オレは食べたくないんだよぉぉ!!!」
「千紗さん!素!素でてる!それと俺も食いたくないぃぃぃ!!!」
___☆☆☆___
「あ、今日は………」
【新感覚!オムレツ味のチョコケーキ!】
「………」
「すみません。これ二つください」
「…お嬢さん、物好きだねぇ…」
藤二郎の予想は的中していた。
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