第14話 令和弐年の三月七日は『彼女が空けた穴』で別の友情の話

 四宮に頼まれてピアスを開ける。彼女は右耳に三つ穴が空いていて、左耳の耳たぶには私の人差し指が入る程の穴が空いている。

「左に小さいのも一つ開けたいんだよね。」

そう言うや、彼女は放課後の音楽室で、私にピアッサーを差し出した。

 私は動じないまま受け取って、サックリ空けてやるつもりだった。ーー経験の無い私は手が震えていた。

「ねぇ、ここってどんな感じ?」

誤魔化すように、左耳に空いた大きな穴に指を突っ込んだ。リングが嵌められている。人差し指が冷たく固い感触に驚いていた。

「あんまり重さかけないでね、耳引きちぎれちゃうから。」

四宮は笑いながら、私の指を軽く下に引っ張った。焦った私が慌てて手を引くと、わざとらしく大きな声を上げて四宮は笑った。

「ほうら、早く空けてよ、このへん。」

そして、ピアッサーを耳に当てた。


 バチン


 四宮の身体に穴が空いた。

「ンッ、強く押さえてて。」

そう言いながら慣れた感じで下唇を噛んでいる。

「ちょっと手を貸して。」

そして私の左手を奪うと、ぎゅっと強く握った。少し爪が食い込むくらいだった。その力はまんま、彼女が受けた痛みと同じように思えた。

 四宮の爪はきっちり切られていて、真っ赤なマニキュアが塗られている。彼女はギターを弾いた。歌うことはなく、ただ黙々とギターを弾いていた。多分、私が思っている以上に、真摯にギターに向き合っているのだと思う。


「ギターはさ、私の声なんだ。」

四宮はそう語ったことがある。

「ねえ。穴を空けるのと何か関係があるの?」

その時も、ピアスを開けていたのだ。彼女は慣れた様子で、ピアスを開けることなんて爪を切るのと同じよ、と言うかのように。何の前触れもなく私の目の前で穴を空けた。正直、物凄く驚いた。

「ギターを手に入れた時に、始めて音楽って奴を本気で手に入れたんだよね。どんなに自分の声で歌ってもそんな感覚はなかったんだ。だから代わりに、何かを差し出したくなったのさ。」

四宮はそう語って、その時もジッと下唇を噛んでいた。


 四宮がそう語る姿は格好良かった。

「佐藤も空ける?」

 いたずらっぽく笑う四宮が、私の耳にピアッサーをあてた。

「や、空けないよ。」

 私が身をよじるとすぐに彼女は手を降ろした。

 本当は空けても良かったのかもしれない。けれど、耳に穴を空けた所で、彼女との距離感が変わる訳ではない。私が手に入れた親友は、そんな物よりも大変な穴を、この胸に空けてくれているのだから。

 眩しい目で、今日も彼女が引くギターに耳を寄せる。

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