第13話 令和弐年の三月五日は『バス停で君を待つ』で友情のお話②完
夏休みに入ると、高校までバスに乗ることもないので、彼のことなどすっかりと忘れていった。休みが始まれば宿題をさっさと終わらせ、特に予定もなく自堕落にゲームと漫画に、時折友人と遊びに行くような日がのんびりと続いた。お盆が近づく頃に、父親の実家へと帰省はしたものの、翌週に友人達と近場でキャンプをした一泊二日の方が印象強い。
両親から言われ、大学受験に向けた準備もあるにはったが、一か月近く遊んだ、どうしようもなく贅沢な夏を過ごした。
だから、夏休みが終わる一週間前、調整に入る登校日でバスに乗った時、ようやく彼のことを思い出すのは新鮮な気持ちだった。
行きのバスにはやはり乗って来なかった。
未だに青々と茂る木々の葉に思いを馳せながら、一か月振りの高校を目指して一時間揺られた。休みの慣れで、いつの間にか眠りこけていた。
終点で鈴木さんに起こしてもらうほどだったので、途中で彼が乗っていたとしても気付かなかっただろう。
「そういえば鈴木さん、柵橋で乗ってくる同じ高校の子って、いる?」
いまさらながら鈴木さんに聞く。するとやはり頷いた。
「佐中君か。何だ、知り合いだったのかい?」
「いえ違いますよ。ただこの三院に乗る畠高の子って僕だけだと思ってたんで。」
「ああ、そうだよね。私も二人しか見ないなぁ。」
と、眠りこけたお蔭で彼の名前を聞くことができた。
けれどそれだけ。結局その日も帰りのバスで出会うことはなく、私は首を捻りながら帰路に着いたのだった。
そして、彼と出会うことなく二学期になり、進路を明確にする時期が来た。周囲が騒がしくなり、受験が身近なものになる。
そうなると三年はあっと言う間で、親友とがむしゃらに頑張ってどうにか都内の大学へ進学が決まった。そんな、卒業が間近になった頃だった。
『ああ、今日でこのバスに乗るのも最後か。』
と感慨に耽っていた所で、彼がバス停に入ってきたのだ。手にはコンビニの袋を持って、やはり例の漫画の最新刊が入っていた。
「卒業、おめでとうございます。」
「ありがとう。その漫画、やっぱ好きなんだね。」
彼から声を掛けてきたのは意外だった。けれど、何度となく肩透かしを食らってきたのだ。淀みなく返事をしていた。
大した会話はしなかったが、彼が読む漫画の話題から始まって、好きな話とか音楽とか、一人でバスを待っている時とそれほど変わらないペースでのんびりといることができた。そして、バスではお互いに一番後ろの長いすに座って、左と右で良い感じの距離を取ってゆったりと座った。
私はヘッドホンで音楽を聴きながら、彼に今聴いている曲をオススメする。
彼は読んでいた漫画を貸してくれて、彼が降りるまでに読み終えることにした。
そんなだから、会話らしい会話は無かった。
降りる直前で、ようやく漫画を返した時に彼は言った。
「先輩、都内のあの大学なんですってね。僕も志望しているんですよ。」
「そうか、楽しみに待ってるよ。」
私はそう言って、彼を見送った。
それ以外に何の約束もしていない。でもきっと再会する。その時こそ長い付き合いになるだろうと、そう予感する別れだった。
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