第12話 令和弐年の三月四日は『バス停で君を待つ』で友情のお話①
通学に三院バスを使うのは、学内に数人だと言われた。
その為、バス停で待つ時は一人が多かった。適当にスマートフォンをいじって遊んでいることが多い。テスト前では真面目に単語帳を開くこともあったが、ヘッドホンで音楽を聴きながら漫画を読んでいることもある。スマートフォン、ヘッドホン、漫画。持ち込み禁止のオンパレードだったが、ようは私にとって、すっかり学校の時間は終わった場所だった。
本来なら、油断しすぎなのだろう。校門も見える場所だ。ファミレスの柵越しだがはっきりと見えるし、俺が下校していく帰宅部を眺められるのだから、むこうからも見えているはずだ。
それでも、俺は青春の一ページを彩る音楽と共に、バス停からのぞく桜並木を、夏の新緑を、秋のイチョウ並木を、冬の枯木と突き抜けるような青空を眺めながらバスを待つ数十分が最高に好きだった。
誰とも出会うことなく丸一年。高校二年の梅雨まで続いた。
じっとりと曇りのその日、背の高い眼鏡の男子がバス停に入ってきた。
私はスマートフォンを弄っていたし、ヘッドホンで音楽を聴いていたが、止めようとは思わずに済んだ。彼は校門から一度コンビニに寄ってから来たようだ。手元にはビニール袋がぶら下がり、漫画の単行本とチキンが入っている。
お互いに一度、目は合わせた。
軽い会釈をした。
少し意識はしたし、緊張はした。
このバス停に人が入ってくることを、予想していなかったのだから。
けれど、気まずくはなかった。
お互いに漫画を手元に持っていて、校則に無頓着であることが見えているし、同じ方向に帰るよしみだと分かっている。惜しむらく、彼は後輩で、私は陰キャであること。
『その漫画、俺も好きなんだ。』
と声を掛けた所で、この後車内でどれだけ会話を続けられることか。彼がどこまで乗ってくるか分からないし、途切れ途切れの会話が想像できるし、途中で降りるタイミングを考えるだけで頭が痛くなった。
無言のまま、バスを待った。
ここ畠山高校から東赤穂と言う田舎を繋ぐこの三院バスは、始発バス停から終点バス停まで一時間半かかる路線だった。だが間には五つのバス停しかない。私は終点まで乗ることになる乗客で、運転手の鈴木さんとも顔見知りだった。
バスに乗ると、私はさっさと一番奥の席へ座る。彼はちょうど真ん中のあたりに席を選んだ。お互い、ほっとしていたと思う。
彼はバスの中でゆっくりと買ってきた漫画を読んで、たっぷり二十分かけて二回読んでいた。その後に少し冷めたチキンを取り出して、車内で食べた。食べ終わってからはただ真っすぐ座っていて、暇を持て余しているように見えた。ちょうどこの路線の真ん中、柵橋と言うバス停で彼は降りた。小さな商店街のある小さな町だ。私の降りる東赤穂よりは十分人気のある町。そこにはそこそこの高校があって、うちのような進学校に来る子は稀だった。
彼が降りるのを見届けると、バスが発車するのと同時くらいに、彼がこちらを一瞬振り向いた。目が合うと、彼はさっと視線を外した。バスの進行方向とは反対に歩いて行く。なぜか印象的に映った。次バス停で一緒になったら、声を掛けてみようかと、何度かシミュレーションをしてみる。
だが、夏休みに入るまで一度も彼と会うことは無かった。
この路線は一時間に一本しかバスが無いと言うのに。
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