第11話 令和弐年の三月三日は『電球の下』で変人ヒイラギの日常①

 電球を見上げていて、ヒイラギは卵を思い出した。

「形のせいだろうか?」

 自問自答し、ヒイラギは掃除機を掛ける手を止めた。ちなみに掃除屋であるヒイラギは午前十一時七分にして、まだ仕事を始めて一部屋目である。弱い四十八にして、パートタイムのアルバイトをし続けて来たのは、こういった性格のせいでもある。もちろん人付き合いが苦手と言うこともあるが、彼にとってそれは大した問題ではないようだった。

「色のせいもあるか。」

 ミルク色に輝く球体を見て、ヒイラギは再度考える。ちなみにどちらも口に出しているし、手は止まったままだ。

「柊さん、ちょっと、また手ぇ止まってるよ。」

 隣で作業をしていたもう一人のパートタイマー、柳谷哲がヒイラギに声を掛ける。

「ああ、いえ。」

ヒイラギはその声に反応したのか、反応していないのか、曖昧な返事をした。曖昧ではあるが、毎回のようにその返事をした。ヒイラギと言う男を知っていれば、声が聞こえたことは分かる程度の反応であった。

 ヒイラギ自身はこれを、最小限の人付き合いと定義していた。

「違いますね。私がこうして見上げた瞬間、家でも似たような動作をしたのです。」

ヒイラギは思い出す。そして、家でも同じように卵を思い出したのだ。だが、その時も何故卵を思い出したのか分からなかった。家にいたことを良いことに、そのまま一時間半もの間、電球を見上げて考え込んだのだ。

「無念です。」

 ヒイラギはとても悲しそうな表情になる。思い出せないことも悲しいし、いまだ解決していないことがもっと悲しかった。

 しかし、その時だった。ヒイラギは無念である、と言うアクションを自身でより強く感じたいが為に、握っていた掃除機にうな垂れかかった。うな垂れかかった時、ぐっと握りこんだ掌に、きゅっ、と掃除機のプラスチックの手ごたえを感じたのだ。

「そうです。これです。」

ヒイラギは、きゅっ、と握った手ごたえを嬉しそうに、何度も握っては開いてを繰り返した。

「卵を握る力の強さと、またざらっとした表面の感じです。割らないように握りながらも、調理をする為には的確にヒビを入れなければならないこと。そして電球も優しく握り、割らないようにしつつもクルクルと取り付けなければならないこと。またひんやりとしながら、硬質でざらりとした卵独特の殻の手触り。そしてひんやりとしながら、硬質でつるりとした電球独特のガラスの手触り。これらが視覚情報に入った時にちょうど、自分の中の経験でリンクしたのですね。いやぁ、スッキリです!」

ヒイラギはとてもスッキリした表情で仕事に戻った。


 けして褒められた人間ではないが、真っ直ぐで、丁寧に生きる男の日常の風景である。

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