第10話 令和弐年の二月二十九日は『籠の中の鳥』でファンタジー⑤完結

 鳥学者の家は、傍目に見てすぐにわかる。なぜなら、家全体が鳥で埋め尽くされているのだ。

「これ全部、層が映し出してる鳥じゃないの。」

シエラは呆れた。屋根の上から、バルコニーの手すりに至るまで、古今東西の鳥が剥製のようにぴしっととまっている。ポーリーが無遠慮に呼び鈴を鳴らすと、鳥たちは一斉に飛び立ち、空の中に溶けるように消えていった。

「御免下さい。行商の者です。」

ポーリーの間延びした声に、しばらくして扉が開いた。

「お疲れさん。待っていたよ。」

鳥学者のセビリアが顔を出した。鳥のように立った白髪と、豊かに蓄えた髭、黒縁の丸い眼鏡の奥に、つぶらな瞳が覗いていた。


「イーダ村から預かってきたのが、このチルバードと言う鳥なのです。」

シエラはセビリアに渡す。セビリアは二、三度まばたきし、眼鏡を外したり掛けたりを繰り返す。

「これが、チルバードと言うのだね?」

左から、右から、下から、上から、様々な角度から、目をそらさずにシエラと会話をする。

「そうですね。イーダ村では、掌に乗るくらいの大きさで、滅多に鳴くことは無く、花のように輝く明るい黄色の毛並みを持った鳥――と言うことで判別されているらしく、特に”滅多に鳴くことな無い”と言う点が符合したようで、チルバードと認定しているようです。」

セビリアは、ふむ、と小さく相槌を返してから、一度鳥から離れてソファに深く座った。腕を組んで、目を瞑る。何やら考え事をしているようで、眉間には皺が寄った。するとセビリアの肩に似たような黄色い鳥がとまった。セビリアが頭の中でその知識を呼び起こしているのだろう。層が随時反映し、様々な鳥がセビリアの肩に、頭に、伸ばした腕にとまりながら、飛んでは消え、やってきてはとまり、そして飛んでは消えるを繰り返した。

 そして十二羽目。鳥籠にいたチルバードが「ピピッ」と短く鳴いた。そして、セビリアの指にとまった小さな鳥も「ピピッ」と短く鳴いた。

「ふむ、こいつであったか。」

セビリアはカッと目を開いて立ち上がる。同時に、セビリアは自分で想像している鳥を鳥籠の中にそっと入れる。

「この鳥は、マイワイであろう。寒い時期に山で見かけられ、人里にはめったに降りて来ん。イワイ鳥の一種で、確かに各地で吉兆を充てられる鳥だ。それは春の訪れる時期の指標にされることが多いな。また厳しい冬を乗り越える為に暖かい地域を見つけるのが得意で、”人里が今年は越冬に適している”と言う風に見ることもできる。鳴き声自体は滅多に聞けるものではないのは確かだ。と言うのも、非常に群体を大事にする鳥でな。――こうして一羽になってしまうと、すぐに亡くなってしまうと言われている。」

セビリアは納得したように、そして二羽になった鳥籠を慈愛のこもった目で眺めていた。

「それにしても、本物のチルバードでなくて良かったよ。」

セビリアはシエラと握手をした。

「本物、いるんですか?」

「もちろんだとも。彼らは空気中の湿度に敏感で、晴れや雨などの天候を予想するスペシャリストと共に、文明があった頃には、地震や火山噴火も予知していたと言われているよ。」

と、そして本物がここで鳴かれたらたまったものではない――と言いかけて、セビリアの頭の上に黄色いマイワイに似た鳥が止まった所で、この話は自然と終わりになった。


 こうしてチルバード――もといマイワイはセビリアに預けられた。

 馬車は村を回ったことで、新しく手紙を二通預かり、塩と干物をたんまりと積み込んである。

「さて次の町へ行くよ。」

「リクエストは何が良いかな?」

「途中、ダンが生きていれば拾って行きましょう。護衛がいない馬車なんて、聞いたことがない。」

三人が乗り込んだ後に、セビリアの家からピーーー……と甲高い鳥の鳴き声が長く続いた。その声に見送られるように馬車は走り出し、次の村へと走り出した。

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