第15話 令和弐年の三月八日は『土偶の意味』で先輩と後輩の話
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土偶は身体のどこかが欠損している。これは病の肩代わりだと言われる。確かに、遥昔、獣が近く、医療も無く、雨風をしのぎながら自然と直接戦っていた人類の始まりには祈り、自然治癒に任せることしか無かっただろうと考えることができる。そうなった場合、肉体の欠損は著しく欠点であるし、絶対に避けたいことで間違いないだろう。現代においても、そこに大きな違いは無い。
まさしく、人の形をした創作物は、人間の病気平癒で使われてきた歴史が地続きで存在することからも、間違いなかろうと言われている。だが、本当にそうであろうか。土偶の処置において、肩代わりの先における『復活』或いは『畏敬』の意味を私は提案したい。
人間の道具と言う物は多種多様な使い方があることこそ、道具である。ゆえに、通説を否定する訳でも、本節を定説と持ち上げる訳ではない。
現代において人の形をした物は多種多様な用途があることを示していこう。病の肩代わりとして使われることは稀になっているからだ。文明が始まって以来、絵画や造型の用途が増えている。ラスコーの壁画に始まり、美術として、その時代の情景や状態を書き留める用途だ。また技術の進んだ現代、ロボットのように動かすことが目的で、人類の代わりとして実際に働いてもらうことこそ目的になっている。
人が人を作る時に最初に考える場合、肩代わりとはこの目的が割合として高いと考えられる。その例として、人類が人を模した創作物の通史を振り返り _ _ |
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「先輩、休憩時間そろそろ終わりですよ」
レポートをまとめていると、高坂が机に珈琲を置いてくれた。感謝を述べながら口をつけると、いつもの薄い味がした。豆に対してお湯が多すぎる、貧乏珈琲の味だ。
「どうせ先生が一人で掘りたいだろ? 山場に来ると『生徒には任せられん!』ってのが口癖じゃないか」
薄い珈琲に砂糖を二つ入れて、ミルクのポーションを一つ加えた。
「そうは言っても、時間で給料もらってますし」
そう言いながら、高坂も自分の珈琲を淹れて席に座った。土偶を一つ手に取り、刷毛を構えた。発掘してからじっくりと乾燥させて、周囲の土を払う段階になったものだ。
「なんだ、真面目だなぁ」
「先輩が不真面目すぎるだけですよ」
そう言いながら、高坂はずっと私の心配をしてくれる後輩だ。新入生の歓迎会で、登山同好会に入ってきて以来二年間ずっとだ。同級生との付き合いもあるだろうに、暇を見ては顔を出してくれた。 授業をさぼりすぎて留年の危機があった時も、毎朝迎えに来てくれたのも高坂だった。後輩だと言うのに、頭があがらないとはこのことである。
「とは言っても、先輩の世話を見ているお蔭で、私も成績を高い所でキープできるんですけどね」
高坂は何気ない顔でそういうことを言った。確かに、一年先の授業や試験を、全て自分の眼で先取りできているのだ。一年飛び級していると言っても過言ではない。
「こんだけ一緒にいて、理解が追いついているんだから高坂の地頭の力でしょ」
私は心の底から、高坂を尊敬している。
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以上から、欠損が事故だけでなく、生まれながらであった場合も少なくないと思われる。我々が考えるよりも、欠損が一般的であった場合、片足が不自由でも集落において重要な仕事をしていた者は多く、それ故に、死からの復活、英雄を称える偶像としての役割も少なくないのではないかと考えられる。
ゆえに、土偶に欠損が見られるのは、この時代に肉体の欠損した者が多いと言う証拠の可能性があることを、一つ提案する次第だ。 _ _ |
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「で、終わりました? 明日提出のレポート」
高坂は午後の就業時間まるまるを私にくれて、私の分まで作業をしてくれていた。
「あーお蔭さまで。悪いないつも。今日のバイト代はお前に返すわ」
「いつもご飯と飲みおごってくれてるじゃないですか。いつも通りでいいですよ」
高坂は片付けもほとんど終えていた。後は先生を呼びにいくだけになっている。
「本当、お前がいたからこのレポートは書けたってもんよ」
「へえ、じゃあそのレポートで良い評価もらえたら、別に何か奢ってくださいね」
「……考えておくわ」
高坂が部屋の電気を消す。その左手は肘から先がなかった。先天性のものと初めに言われた。何も気にならなかったのは、同好会の中で私だけだったらしい。
このレポートが書けたのも、高坂のおかげだ。それは単に、高坂が最高にカッコいいからに他ならない。
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