第4話 令和弐年の二月二十一日は『ラムネ』でグルメ。(一人称)

スーパーに置かれたラムネを見て、『こうじゃない』と思った。

ケースにびっちりと並べられて、飲みたいだけ飲めるラムネを見て、まったく美味しそうに感じないことに悲しさを感じた。

そして、休日一日を使って、真実のラムネを求めて足をのばした。



都市部で駄菓子屋ももうとんと見なくなったが、探せばあるものだ。

もちろん、駄菓子屋がモチーフのテナント店などもあるが、私が探したのは路面店で、昔ながらのおばちゃんがやっていて(これはおじちゃんでも構わない)、土間のような店舗内に所狭しとお菓子が並べられ、百円もあれば満足するほど買えて、それが近所の子どもたちの通過していく思い出の店になる、そんな駄菓子屋だった。


「こここそ」

きむらやとネットに書かれた店の前で、私はネクタイを直した。色褪せた看板にはもう店名が掛かれておらず、ガラス戸の先に広がる駄菓子の山で、ようやく駄菓子屋だとわかる店だった。

――カラカラカラ

横に開くガラス戸が小気味良い音を立てた。店内で聞こえるのは、テレビの音。遅れて、いらっしゃいと声が聞こえた。店内スペースはロの字で、真ん中の棚にどっさりとお菓子。その周囲にもどっさり。店番をする初老の女性は正面奥、レジを脇に、奥へ繋がる部屋との間に腰を掛けていた。店奥のテレビを見ていて、そこは明らかに生活スペースの居間であり、六畳の和室であった。

「こんにちは――ラムネ、あの炭酸のラムネ瓶は、置いてありますか?」

私が聞くと、店主は店の外の冷蔵ケースを指さした。

「多分、まだあると思うだけど。見てくれる?」

と。その緩さもまた私の好みだった。


ラムネはあった。最後の一本だった。私は物凄くガッツポーズをしたかったが、大人の尊厳を維持する為に止めた。実際は、ちょうど少年二人が入ってきたので咳払いして終えた。

少年たちが嵐のようにお菓子を買っていく様を待った。ゲームの話なのか、聞いたことのない単語を山のように言いながら、あれが強い、これが強い、アイツは雑魚、などと言いながらラムネ(これはブドウ糖のお菓子の)と、チョコ棒を買っていくのを見てから、私はラムネ瓶の会計を済まさせてもらった。

「はい、百円ね」

おばちゃんの手に乗せた百円を乗せて、私はラムネ瓶を外へ持ち出した。


私は初夏の心地よい風を受けて、ラムネをあけた。

ボシュッとビー玉を落として、しばらく手のひらで押さえる。小さい頃はこれがうまくできなかったが、大人の力になるとあっけないくらい上手に押さえて待つことができた。

初恋の少女が引っ越したのは、ちょうどこの夏休みが入るタイミングだったな。そんなことまで思い出しながら、透明な甘い炭酸を喉を鳴らして流し込んだ。


ぷはっ


一息に、飲めるだけ飲み込んだ。爽快だった。


何が私をここまで突き動かしたのだろうか。ラムネを本当に味わうなら、この季節で、こういったお店まで来て、こうして飲まなければならないと突き動かされて、貴重な休日を使った。

けれど、この喉を潤した炭酸水の余韻には、まったくの後悔がない。充実した余韻が心を満たしていた。

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