104話『神父と使徒/結果報告』
「さて、そろそろ二人が帰ってくる頃でしょうね」
エクレシアに位置する教会の一室。
窓から陽光が差し込む執務室で、肩まで伸ばした黒髪に眼鏡をかけた神父――ユディラが聖伝書をパタリと閉じる。
その声に応じるように、もう一人、その場に居合わせた男が口を開いた。
「言ってくれれば俺が代わりに行ったのに、良かったんですか」
「大丈夫ですよ。セシリア君の実力であれば、そうそう死ぬことはありません。しかも、今回は司教を討ち果たしたアウラ君までいるんですから、心配は無用ですよ」
藍色の瞳を向けて問う黒髪の青年――ロギアに、ユディラは笑顔と共に返す。
セシリアも異端狩りとして、それなりの実力を備えている。加えて、歴代でも屈指の実力者だったユディラに師事していたともなれば、他の使徒よりも上の域に至っている。
それでもロギアがそう申し出たのは、やはり同僚かつ年上として心配が勝っていたのだろう。
「あぁでも安心して下さい、ロギア君の力量を疑ってるワケじゃないですから。私やグレゴリウスが一線を退いている今、バチカル派を抑えていられるのは君たちのような使徒のおかげです」
「それはありがたいですが……機関長は今でも、ユディラ神父を使徒の指南役にしようと目論んでいましたよ」
「あはは、勘弁して欲しいな。今の私には、此処のような場所で静かに過ごすのが性に合ってる。別に、使徒時代が楽しくなかったワケじゃないけどね」
過去を懐かしむように、遠い目でユディラが語る。
ユディラは、ロギアやセシリアからすれば一時代の主力を張った先輩にあたる。
彼らのような使徒は、表向きでは主の教えを広める者。しかし同時に、信徒を守るために戦う異端狩りでもある。どちらかと言えば、ユディラの名は後者として広く知られていたのだろう。
戦いに身を投じ、自らの手を汚して教えを守る。
そんな殺伐とした状況に長らく身を置いていたのだから、ユディラが静かに過ごしたいと思うのも仕方ない。
「異端を狩るのはもう疲れた、と」
「そうじゃあない。君と同じように、教会のためなら手を汚す覚悟はあるとも。……ただ、私のように既に衰えた者が教会に関わっても、何の力にもなれないさ。これからは、君たちみたいな若者が引っ張っていくべきです」
「なるほど……そういうことなら、俺の口から機関長には伝えておきます」
「ありがとうございます」
そう言うユディラは、柔らかく笑っていた。
ユディラが使徒たちと関わろうとしないのは、先達として後続を想うが故だったのだ。
「もっとも、機関長自身も断られることは予想していたと思いますけどね」
「どうだろうね。グレゴリウスのことだ、同期のよしみだとか言って食い下がって来るかもしれないよ? 現役時代にも、よく書類仕事や教会の査定に付き合わされたものだし」
「ユディラ神父も大変だったんですね……」
腕を組んで同情するロギア。
今でこそエリュシオンに常駐しているが、少し前まではセシリアと共に各地を巡って職務に身を捧げていたのだ。
現役時代のユディラの苦労は身に染みて理解できる。
二人がそんな話をしていると、部屋の外から幾つかの足音が聞こえてくる。
ユディラたちが視線をドアの方に向けると、ノックの音と共に「失礼します」という言葉と共に、二人の人影が入ってきた。
「ただいま戻りました、ユディラ神父。ああ、ロギアさんもいたんですか」
「お疲れ様でした。見た感じ、二人とも無事みたいですね」
「とりあえずは五体満足ですよ。俺が少し無茶をしたぐらいです」
やってきたのは、セシリアとアウラの二人。
ユディラの言葉に対し、アウラは腰に手を当て、苦笑しながら語った。
「大方、エクレシアの時みたいに度を超えた権能行使を敢行したってところか。毎度のことになってるが、面目ないな……」
「別にロギアが謝らなくても。……雇われた身としてできることをやっただけだし、いちいち気にしなくて大丈夫だよ。つーか、仕事を完遂できたかって聞かれれば微妙だし、謝りたいのはこっちだよ」
「その口ぶりだと、今回も何かあったみたいだな」
溜め息交じりに言うロギア。
ただの悪霊祓いの依頼に留まらなかったであろうことは、察しはついている。
ロギアの問いに応じたのは、アウラの傍らに立つセシリアだった。
「詳しくは私が話します。立ち話もなんですから、皆さんどうぞ腰掛けて下さい」
セシリアがそう促し、全員がソファーに座る。
雇われとはいえ、アウラも一連の騒動に関わった当事者。
結果報告に参加して、ようやく依頼を終えられるのだ。
※※
「巨人ウルリクムミに、カノン派の審判院か。教会側の俺が言うのもなんだが、災難だったな」
「もう慣れっこだよ。不死に近い蛇竜に、司教二人。今さら神話の巨人を相手取ったぐらいで驚きやしないさ」
活気に満ちたエリュシオンの大通りを歩く、アウラとロギア。
結果報告を終えたアウラは教会を後にし、丁度休憩に入っていたロギアと昼食を摂るために市街地へと向かっていた。
機能性を重視した旅装束と、一目で聖職者と分かる紺色の法衣。
それらが肩を並べて歩いているのは、やや珍しいようにも見えるだろう。
「キリエ・バルファランゲル……カノン派における当代最強の異端狩りとは聞いていたが、想像以上だな」
「確か、アルカナの第六位だったっけ。所感だけど、俺が直近で戦った司教より遥かに強かったと思う」
「アルカナの上位に食い込める連中は、司教の序列一桁の面々とも渡り合える人材しかいないからな。……まぁ、宗派や教義が根本的に違う以上、俺達と進んで手を組むとは考えにくいが。アウラとも一触即発みたいだったんだろう?」
「いや、アレは俺が勢いに任せた結果、勝手に地雷を踏み欠けただけだよ。きっと壮絶な過去があったろうに、考えようとしなかった俺が完全に悪い」
歩きながら、遠い目で自戒するアウラ。
唯一神以外を否定するカノン派からすれば、人の身でありながら神の力を振るう偽神は異端そのもの。
加えて、その異端たるアウラからカノン派を否定するような言葉が飛び出そうものなら、怒りを買うのは必然である。
アウラの言葉を聞いたロギアは少し考え込み、思い出したように語り出す。
「主以外の神を認めず、一切の異端を狩る代行者か……聞いた話じゃ、彼女も元は俺達と同じ、エクレシア派の使徒だったらしいな」
「……え? そうなの!?」
「あぁ。今の使徒の機関長補佐――エレミヤ・アドナイオスと神学校時代の同期で、使徒としても将来を期待されてたって話だ。……って、どうしたんだ。そんな嫌なこと思い出したような顔して」
「いや、うん。……今、エレミヤって言った?」
「言ったけど、それがどうかしたのか」
「その人って、身長が俺ぐらい?」
「まぁ、そうだな。大体同じか、アウラの方が若干大きいかな」
「灰色の長髪で、両目に包帯巻いてる?」
「そうそう。結構インパクトのある見た目だな」
「テンションが高いというか、常に飄々とした感じの?」
「確かに、掴みどころがない人ではあるな」
「あーーーーー、うん。了解」
アウラは頷きながら、得心がいったように腕を組んだ。
その顔には苦笑が貼りついている。彼にとっても、思い出したくはないものだったのだろう。
ロギアは察したように会話を続ける。
「その感じ……まさか」
「はぁ……そのまさかだよ。あの人が最近司教を討ち取った機関長補佐だったんだな。なら、あの異様な雰囲気も納得だわ」
巡礼組織「使徒」の機関長補佐、エレミヤ・アドナイオス。
アウラは一度、エリュシオンの教会で彼女と出会っていたのだ。
「会ったって、一体いつ?」
「俺たちがエクレシア王国に行く前だな。初めて教会に行ったときに教会の査定か何かで来てたと思うんだけど、問答無用で使徒に勧誘されるわ、俺が神性を宿していることを看破するわ、飄々としてる癖に不気味だったよ……挙句、「死相が見える」とか言って去っていったし」
「くっ……あの機関長補佐、しばらく顔見ないと思ってたらそんなことしてたのか……」
悩ましそうに顔に手を当てるロギア。
機関長直属の部下である彼はもちろん、機関長補佐であるエレミヤとも関りのある人物だ。
上司が友人に絡んで迷惑をかけていたとなれば、面目が立たない。
「悪い人ではないんだろうけど、あのハイテンションでズバズバ見抜かれるのは生きた心地がしなかったなぁ……ホントに、悪意とかは一切なかったし」
「あんな上司だけど、一応はウチの最高戦力でね。異端狩りとしてはこの上なく優秀なんだが、如何せんソテル教大好き人間だから……上司が迷惑をかけたお詫びと言っちゃなんだが、今日は何か奢らせてくれ」
「え、いいのか?」
「わざわざ教会の依頼を受け持ってくれた礼も兼ねて、な。本来であれば使徒である俺が出向くべき案件だったんだ、これぐらいのことはしないと、俺の気が済まない」
真面目な声色で語るロギア。
彼は一神教の人間として、使徒以外の人間に迷惑をかけてしまったことに責任感を感じていた。
最終的な手柄はカノン派に持っていかれたとはいえ、アウラが身を粉にして奮闘したことに変わりはない。であれば、労いの一つでもするのが筋だ。
対するアウラも、人の厚意を無碍にするほど薄情ではない。
「なら、今日はありがたくご馳走になろうかな」
立場こそ違うが、二人は共にバチカル派と戦う同志。――そして同時に、実力を認め合った中だ。
気安く笑いかけ、アウラはロギアと共に市街地を歩いていく。
雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えないみたいなので、開き直って自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います── 樹齢二千年 @Jumoku_san
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