103話『いつもの事後処理』

(……ダメだ、まだ出力の操作が上手くできない)


 ベッドに腰を掛け、身体の調子を確認するアウラ。

 昨晩、彼はセシリアと共に巨人ウルリクムミと交戦し、同時にカノン派の異端狩り――キリエ・バルファランゲルと遭遇した。

 巨人はキリエの一撃によって討伐され、土地も浄化された。

 結果としては目的こそ果たしたものの、乱入した第三者に全て持っていかれたとなれば、アウラとセシリアにとってはやや不完全燃焼とも言えるだろう。


「あれだけ派手に権能を使ったのも久しぶりだし、しばらく依頼に出るのは無理だな」


 掌を見つめ、アウラは体内に意識を向けて己の現状を把握する。

 雷霆を出力しようにもコントロールが上手く行かず、小さな紫電が迸るだけ。

 言うなれば、圧倒的なまでのガス欠、あるいはオーバーヒートだ。

 この状態で無理に身体を酷使すれば、もちろん更なる反動がアウラを襲う。

 

「……ま、昨日はどう足掻いても無理しないといけない状況だったし、仕方ないか」


 アウラがため息交じりに呟くと、ノックと共に部屋のドアが開く。

 入ってきたのは、頭巾から灰色の髪を覗かせる、紺色の修道服を纏う少女――使徒セシリアだった。

 

「起きてましたか」


「ついさっきな。セシリアは何処に行ってたんだ?」


「少し、シスター・レナと話を。どうにも、私達がウルリクムミと戦っている間に街で異変が起きていたようで」


「異変?」


「ええ。結論から言えば、サラさんに悪霊が憑りついていたほか、街全体に呪殺の術式が敷かれていたらしいです」


「は……? 呪殺……?」


 セシリアから告げられた事実に、アウラは唖然とする。

 サラというのは、アウラが墓地で出会った悪霊憑きの少女である。

 しかし、彼女に憑りついていた悪霊はアウラが外に叩き出し、連れ帰った後にはセシリアたちによる処置を受けていた筈だった。


「あの子に憑りついてた悪霊は俺が祓ったし、暫くこの教会で経過を観察するって話だったろ。なのに、なんで悪霊が……」


「私が処置した頃には、既に遅かったんですよ。言わば、セラさんの身体と墓地の間にパスのようなものが繋がっていたので、祓ったとしても「道」ができていたんです。……それに、街に敷かれていた術式も墓地から伸びていたものでした。この程度のことに気付けないとは、申し訳ない限りです」


 セシリアは俯き、悔し気に顔に手を当てる。

 悪霊の件は仕方ないにしても、街に滞在していたにも関わらず、セシリアは仕掛けられた呪殺の術式を察知できなかった。

 一歩間違えれば、悪霊憑きのみならず、多くの住民が命を落としていたのだ。

 教会から派遣された者として、非を感じるのは当然のこと。


「でも、それはもう解決してるんだろ? ……まぁ、犯人はなんとなく想像できてるけど」


「アウラさんが考えている通りですよ。シスター・レナ曰く、白い法衣を纏った修道女だったそうです」


「やっぱりか……」


 町で起きていた一連の異変を解決したのは、カノン派の執行者だった。

 

「結局、俺達がやったのは、ウルリクムミを削っただけ……ってことか」


「そうなりますね。わざわざ一緒に来て貰ったというのに、アウラさんには申し訳ない限りです」


「別に謝らなくても。確かに骨折り損ではあったけど、当初の目的は達成出来たし結果オーライ。雇われの身、しかも教会所属じゃない俺がとやかく言う資格もないし、上からお咎めがあるってワケでもないだろ?」


 立ち上がり、床をトントンとつま先で叩く。

 魔術や権能を用いた戦闘行為はできないが、それ以外の行動に支障はない。

 教会絡みで一悶着あった以上、やるべきことは決まっている。


「んで、事後処理はこれからか?」


「はい。近くの街にいた使徒が教皇庁に戻るらしいので、ついでに立ち寄るらしいです。一緒に、この教会の査定結果も伝えておこうと思いまして」


「なるほどね。なら、さっさと済ませてユディラ神父のとこに帰るか。あんまり心配をかけてもいけないし」


 アウラの言葉にセシリアは頷き、二人揃って部屋を出た。

 そのまま廊下に出て向かったのは、少し隣の応接間。

 テーブルを挟むようにソファーが置かれ、水の入ったコップが三人分用意されていた。その壁には聖女と天使を描いたと思しき絵画が飾られ、書架にはソテル教の聖典である聖伝書のほか、何冊もの神学書や歴史書が収納されている。

 当の使徒はまだ来ていないようで、アウラ達は先に腰掛けて待つことにする。

 

「そういえば、アウラさんも一度教会絡みのことで事後処理にあたったことがあるんでしたっけ」


「ん? あぁ、ヴェヘイアと戦った時にね。司教と会敵した経緯とか、色々と情報を共有したっけな」


 腕を組み、軽く上を見ながら以前のことを思い出す。

 バチカル派と戦う以上、ロギアやセシリアをはじめ、教会の人間とは今後も関わっていくことになる。

 特に、アウラのように司教と渡り合える実力の持ち主ともなれば、今後も司教クラスの相手と遭遇する可能性は高い。故に、教会と情報を共有しておくことに越したことはないのだ。

 

「……にしても、審判院か。今思い返しても、とんでもない怪物だったな」


「私達のようなソテル教。いわゆるエクレシア派の使徒が「表向き」の顔も持っているのに対して、カノン派の審判院は異端狩りに特化した少数精鋭の組織なんですよ。その筆頭ともなれば、あの規格外ぶりはなんら不思議ではありません」


 テーブルに置いてあった聖伝書のページを捲りながら、セシリアが語る。

 

「前にロギアさんに聞いた話だと、審判院の戦力は使徒の上位層に匹敵するとも言っていましたね」


「ロギア自身も使徒の中でもトップクラスだから、そのレベルの連中が揃ってるってワケか。敵じゃなくて良かったよ」


「より正確には「敵の敵は味方」ぐらいの感じですけどね。バチカル派という共通の敵を見据えているだけで、エクレシア派や冒険者なんかと手を組むことは本当にごくまれなので。……もっとも、今回手を組んだかと言われれば疑問ですが」

 

「正直、漁夫の利みたいなところはあったよな」


 苦笑いと共に、アウラが答えた。

 アウラが全身全霊でウルリクムミの核を露出させ、セシリアの大魔術まで繋げた。しかし、止めの一撃を担ったのは、乱入者であるキリエ・バルファランゲルだった。

 とはいえ、神期の怪物を屠った光の一矢は、巨人を葬ってなお有り余るほどの破壊力を誇っていたのも事実。

 仮にキリエ一人だったとしても、ウルリクムミを討伐していた可能性は十分に考えうる。


「あの時は思い切って啖呵切ったけど、余計な敵作っちゃってたりしないか怖くなってきたな」


「私も、アレには正直ハラハラしましたよ。少しでも曖昧な返答をしていればどうなったことか」


「いや、うん。ごめん……」


 肩をすくめるセシリアに対し、アウラはただ謝るしかない。

 既存の神を否定するカノン派に対し、偽神として思うところがあったのだろうが、アウラの一言は間違いなくキリエの地雷を踏み欠けていたのだ。

 一歩間違えれば、あの場で殺されていても不思議ではなかった。

 その意味では、運に助けられたとも言える。


 二人が話していると、コンコン、とノック音が聞こえてくる。

 そしてドアが開き、一人の男が部屋に入ってきた。


「――失礼する」


 それは、使徒共通の紺色の法衣に薄緑の短髪をした、モノクルをかけた青年だった。その声色は非常に落ち着いており、淡々とした雰囲気を醸し出している。

 彼は入るなり、翡翠色の瞳でアウラとセシリアを見据える。


「……って、誰かと思えば、セシリア君だったか。以前に教皇庁で会った以来だな」


「それはこちらの台詞です。まさか貴方と外で出会うことになるなんて、明日は台風でも来ますかね」


「あれ、もしかして知り合い……?」


 軽口を叩き合う二人を見て、恐る恐るアウラが問う。


「ええ。彼は教皇庁務めの――」


「いや、自己紹介ぐらい自分でするさ。ソテル教遺物管理局所属の使徒、ルカ・プトレマイオスだ。同僚のロギア君とセシリア君が世話になっているようだね」


「いやいや、世話になってるのは俺の方ですよ。今回だって、セシリアがいなきゃ街まで一人で戻って来ることすらできなかったし。前はロギアにも命を救ってもらったから。まぁ、お互い様ですよ」


 ソファーに腰を掛けつつ、アウラは苦笑いと共に答えた。

 謙遜しているようだが、彼の言葉は事実。エクレシアを訪問した時から、アウラたち冒険者とソテル教の陣営は持ちつ持たれつの関係を築いている。

 バチカル派の討伐という共通の目的がある以上、個人単位でも信頼を深めておくに越したことはない。


「……というか、ロギアはソテル教の巡礼局ってところの所属の使徒って言ってたけど、ルカさんは違うんですか?」


「僕ら遺物管理局の目的は布教ではなく、文字通り各地に存在する古代の遺物の収集と保存なんだ。文化的・考古学的に価値のあるモノはもちろん、公には扱えないような代物を管理する為でもあるがね」


「あんまり良くないもの、か……呪物とか?」


「それもそうですが、管理局の保存対象には古代の神に属する物品も含まれています。例えば――まぁ、アウラさんが持っているソレですよ」


「……聖遺物を? マジで?」


「これも教会の方針だよ。これまでも古代の祭儀書なんかの資料を収集してきたけど、聖遺物も対象なんだ。まぁ、バチカル派みたいな輩の手に回らないようにするってのも理由だけど……それで君たち、ここ数日は随分と大変だったみたいだね?」


 ルカがコップに注がれた水を一口啜ると、早速本題に移る。

 声のトーンが少し落ち、真剣みを帯びたのは、意識を仕事に切り替えた合図だろう。

 応じるように、最初にセシリアが語り出した。


「えぇ。共有しておきたい情報は二点。こんな小さな街の一角に魔神の核が埋められていたことと、カノン派の審判院の介入があったことです」


「……ほう。君たち、よく生きていられたね」


「私一人だったらとっくに死んでいますよ。こうして五体満足でいられるのは、アウラさんの奮戦のお陰です。いくら教皇庁の地下に引きこもってるルカさんでも知っているでしょう?」


(心なしかセシリアが嫌味ったらしい気がするけど、触れないでおくか……)


 静かに水を飲みつつ、アウラは心中で呟く。

 セシリアの言葉の節々に時折棘があることは知っているが、ルカに対しては現場仕事であることから来るものだろう。

 教皇庁で常駐する遺物管理の使徒と、常に各地を巡る布教兼異端狩りの使徒。

 総合的に見て、後者の方が圧倒的に負担は大きい。


「はぁ……君は僕のことを一体なんだと思っているんだよ」


「暗い穴倉で資料と睨めっこしているメガネモグラ」


「ぶッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 セシリアの返しがツボにハマったのか、水を噴き出すアウラ。

 淡々とした表情と声色から繰り出される絶妙な例え。というよりもシンプルな悪口。

 返答までのタイムラグの無さが一周回って尋常ならざるシュールさを醸し出していた。


「ゲホっ、ゲホっ……」


「相変わらず片目だけ眼鏡壊れてるんですね。修理には出さないんですか?」


「これはモノクルだって言ってるだろう……いくら僕でも彼のことは知っているよ。最近教会と手を組んでる魔術師殿だろう? 一応は教皇庁に務めている身、教会に関する情報なら入ってくるさ」


 腕を組んで溜息をつくルカは明らかに呆れ気味だ。

 ロギアも含め、セシリアは親しい相手には時折辛辣になることがある。

 ルカの方も慣れたように返している辺り、部署が違うとはいえ、以前からこのように軽口を叩き合う関係だったのだろう。


「これでも俺の方が先輩なんだがなぁ……まぁいいか。で、他に共有事項はあるか?」


「そうですね。では、カノン派の審判院に関する幾つかの情報と、エリュシオン近辺の教会の査定結果ですが────」


 何事も無かったかのように、二人は当初の目的である情報共有もとい事後処理を始めた。


(使徒も、色々と大変なんだなぁ……)


 二人のやり取りを聞きながら、頬杖を付く。

 職場から遠い異郷の地まで来て後輩に舐められるルカを見て、アウラはそんなことを思うのだった。


 


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