101話『雷霆の暴威と巨人の悪意』

(出し惜しみはナシだ。全開で行け)


 雷霆を纏い、疾走する白銀の魔術師。

 勢い良く地を蹴り、巨人の一撃を跳躍と共に回避し、立て続けに雷撃を撃ち込む。

 テウルギアによって制限から解放された雷霆は、ウルリクムミを覆う岩の外殻を悉く打ち砕いていく。

 文字通り、アウラは全霊を賭している。

 課された役目──セシリアのサポートを遂行するべく、雷霆の代行者は一神教の信徒のためにその身を捧げる。

 

(回復なんてさせるかよ……っ!!)

  

 アウラはギアをもう一段階上げる。

 ウルリクムミの外殻が修復される前に巨人の腕を駆け上り、間接部分にヴァジュラを突き立てて雷を炸裂させる。

 再生し欠けた肉体は即座に破壊され、間髪入れずに怒涛の連続攻撃が見舞われる。

 見ようによっては、アウラが一方的に蹂躙しているようにも捉えられるだろう。


 だが、話はそう簡単ではない。

 巨人の拳、そして複製された雷神の権能。その二つを凌ぎ続けることに加え、ウルリクムミには、まだ「上」がある。

 岩窟の巨人が天を仰ぎ、咆哮を上げる。

 直後、頭上に魔法陣が展開された。


「ち────っ!!」


 アウラが足を止め、気付いた頃には既に遅かった。

 大地から無数の黒い影──この土地に眠る死者の魂が吸い上げられ、ウルリクムミは本来の力を取り戻していく。

 これ以上、安らかに眠る魂を巨人の糧にすることは許されない。

 

(この辺りの霊魂を喰い尽くしたら市街地に出る可能性もある……それだけは死んでも阻止しろ……!!)


 歯を食いしばり、再び巨人と相対する。

 ウルリクムミが霊魂──プネウマを取り込む度に、身体の修復速度と攻撃力は上昇していく。

 その体躯も少しずつ巨大化している。完全に力を取り戻した暁には、まさしく一歩で街一つ踏み潰すことすらできるだろう。


「……っ!!」


 振り下ろされる巨大な拳。

 アウラは後方に飛び退いて躱し、巨人の頭上を目掛けて手を翳す。

 具現したのは、無数に形作られた雷霆の槍。

 一つ一つが魔獣を一撃で葬る破壊力を持つが、神化を行使している今、その殲滅力は普段の比にはならない。


「……『天を穿つ雷霆ヴァジュランダ』……ッ!!」


 詠唱と共に虚空を掴み、掴んだ手を後ろに引く。

 それを合図として、顕現した雷霆は雨のように降り注ぐ。

 怪物の背の外殻を削り取っていき、徐々にウルリクムミの体制が前のめりになっていく。どれほどの巨躯を誇っていようと、アウラの雷霆はウルリクムミの肉体を押していく。

 

「── ── ── ゥ ── ── ── !!」


「まだまだ……っ!!」


 ウルリクムミがうめき声を上げる。

 まだタイムリミットはあるとはいえ、アウラは一秒たりとも無駄にはできない。

 アウラは権能の出力を上昇させ、跳躍。巨大すぎる標的を見据え、ヴァジュラを握る腕を引き絞った。

 狙うは一点。巨人の胸元。

 核を露出させるのがアウラに課せられた使命。故に──最も広範囲を破壊できる場所を選んだのだ。


「……我が手に在るは、万象を滅する神威の具現」


 詠唱を始める。

 この刹那、アウラは自ら制御していた権能の出力を全開放へと近付ける。

 理由は至極単純、雷霆の破壊力を底上げするためだ。

 携えられたヴァジュラが、蒼白い稲妻を纏う。

 跪く巨人を完膚なきまでに破壊するべく、天の怒りそのものとされた雷が牙を剥く。


(ここで確実に仕留める……!!)


 炉心に火が付いたかのように、身体が熱を帯びていく。

 僅かに限度を越えた権能の行使に、アウラの肉体は悲鳴を上げた。

 腕から血が迸るが、それでも、戦意の籠った瞳で土煙の中にいる巨人を見やる。


「其は空を裂き、水を穿ち、三界を灼き尽くす……!!」


 アウラの詠唱は力強いものになっていく。

 創世以前の原初の混沌、天を覆う竜を葬った神話の一撃が再演される。

 限界まで圧縮された自然の暴威。

 あらゆる障壁を撃ち砕く雷の槍を、アウラは巨人目掛けて投擲しようとする。


「────『神魔滅すデーヴェンドラ────」


 最後の文言を紡いでいく。

 あとは標的に向けて撃ち放つだけ。だったが────、


「は────?」


 飛び込んで来た光景に、アウラは目を剥く。

 土煙を切り裂いて、アウラの前に巨人の堅牢な掌が飛び込んできた。

 その速度は、巨人の図体に反して異常に早かった。

 権能の限定的な制限解除と、神話を再演するための詠唱。その二つを行うだけのと踏んでいたのが、アウラの誤算だった。


(まさか、もう耐性を獲得したってのか……!?)


 既に、アウラの『天を穿つ雷霆ヴァジュランダ』による背中の欠損・破損も修復している。

 先ほどプネウマを吸収した時点で、ウルリクムミは彼の雷霆に耐えうるほどの防御力を獲得していたのだ。

 

 ウルリクムミがアウラを握り潰すまで、数秒あれば事足りる。

 今を生きる人間──神の代行者を殺すため、この巨人は死者をも踏み台にした。


「ちっ……!!」


 視界が闇に覆われていく。

 回避行動に移ることはできない。その一方で、一度顕現させた雷霆を再び収めることも、今のアウラには不可能だった。

 大人しく巨人に握り潰されるか、引き摺りだした雷霆を振るうか。


(ここまで来たら引き下がれるか。出力を上げろ……ッ!!)


 アウラがどちらを選ぶかは、考えるまでもない。

 ヴァジュラの柄を、強く握り直す。

 そして、


「────壊劫の雷霆ウルスラグナ』────!!』


 己に迫る巨大な手に、雷霆を撃ち放った。

 殆どゼロ距離で放たれたその一撃は、いくら神代の巨人であろうと拮抗することはできなかった。

 僅か数秒。

 雷鳴の如き轟音と共に、手を弾き飛ばすどころか、堅牢な外殻を容易く貫通していく。


「グ── ァ ── ── ── ァ ── ── ── ! ! 」


 岩の体躯でも苦痛を感じるのか、巨人は咆哮を上げる。

 アウラによって投擲された蒼光は、万象を貫く雷霆の槍と化した。

 ウルリクムミの体内で次々と雷霆が炸裂し、内側からその巨体を徹底的なまでに破壊し尽くしていく。

 それは、蹂躙とも形容できるほどの有様だった。

 瞬く間に、ウルリクムミの掌から腕、左腕に至るまでを完膚なきまでに破壊した。

 

 真に傲慢だったのは、アウラ達人間ではない。

 神に一度に敗れたにも関わらず、一つの世界神話に君臨する主神の力に歯向かった巨人自身にほかならない。


「っ!!……まだだ……ッ!!」


 アウラは止まらない。

 手元に戻ってきたヴァジュラに再度雷霆を纏わせ、リーチと殺傷力を底上げする。そのまま地を蹴り、体勢を崩した巨人の膝目掛けて跳躍した。

 彼が振るうのは雷霆だけではない。

 アウラの権能『雷霆顕現ヴァジュラパーニ』は、雷神インドラの戦神としての側面の発露──即ち、他の追随を許さないほどの膂力、速度、そして戦闘技能を肉体に反映させる。

 その強化の幅は通常の「強化」の魔術を遥かに凌駕する。


「ぐッ────ッッッッッッ!!!!!!」


 雷霆を纏うヴァジュラの刀身が、ウルリクムミの巨木の如き膝に食い込む。

 刀身を覆う稲妻は絶え間なく循環し、さながらチェーンソーのように巨人の外殻を削り取っていく。

 そしてダメ押しの強化された膂力。

 渾身の力を込め、アウラは刃をより深く押し込んでいく。

 だが、それだけではまだ足りない。

 

(来い……っ!!)


 巨人の躯体の内側に入り込んだ雷霆を遠隔で操作し、密集させる。

 外側から削るだけでは、堅牢な外殻ごと破壊するには些か力不足だ。

 であれば、やることは一つだけ。

 

(数秒でも時間が作れれば十分。瞬間的な破壊力なら、俺の方が上────っ!!)


 ヴァジュラで切りつけながら、密集させた雷霆を炸裂させた。

 外側から斬撃と雷で削りつつ、さらに内側から爆発させることで、巨人の躯体が脆くなる瞬間を意図的に作り出した。


「……ブチ破れろ……ッッ!!」


 より深く、電光を纏うヴァジュラの刀身が巨人の膝に食い込む。

 同時に雷霆も一層激しさを増し、巨人の外殻を掘削機のように粉砕していく。

 全身の力を、ウルリクムミの足を斬ることだけに注ぐ。

 一瞬たりとも力を緩めず、蘇生の隙を与えることはない。

 確実にこの場で仕留める。その一心が、彼の身体を突き動かしていた。

 そして、数秒の拮抗の末────、


「──────ッ!!!!」


 アウラの刃が、巨人の膝を切断する。

 片足を失った巨躯は即座にバランスを崩し、周囲の木々をなぎ倒しながら前方へ倒れ込む。

 それでも、アウラが止まることはない。

 巻き込まれないように離脱すると、アウラは跳躍し、倒れた巨人の首の付け根辺りに乗った。

 そして間髪入れず、片膝をつく形でヴァジュラを深々と突き立てる。


「捉えたぞ……!!」


 刹那、ウルリクムミの首から全身に雷光が迸る。

 突き立てたヴァジュラを介して、アウラは巨人の体内に雷霆を流し込んで炸裂させていく。

 注ぎ込まれる雷霆は、ウルリクムミを内側から蹂躙し、体躯を崩壊させていく。

 アウラの持ちうる最大火力である『神魔滅する壊劫の雷霆デーヴェンドラ・ウルスラグナ』。

 神話の一撃による核の露出が失敗に終わった今、彼が取れる手段はこれ以外になかった。

 早い話が、反動を覚悟した上での特攻だ。

 雷霆の出力を限界まで上げ、巨人の外殻を完全に破壊し尽くし、弱点である核を否が応でも顕わにさせる。


 アウラの執拗なまでの殺意を、ウルリクムミも感じ取ったのか。

 より多くのプネウマを取り込んで存在を強固にすべく、空中に魔法陣を展開する。


「往生際が、悪いんだよ……ッ!!」

 

 欠損箇所を修復しようとするウルリクムミ。

 対して、アウラは一層強く雷霆を流し込む。抵抗は許さないと言わんばかりに、僅かに再生した脚は即座に崩壊していく。

 この時点で、アウラの身体には相当な負担がかかっている。限界が近いことを示すように、歯を食いしばるアウラの口の端からは血が垂れていたのだ。

 それでも、彼が雷霆を止めることはない。

 全霊をもって、この巨人を狩る。

 

「ゥ── ── ── グァ ── ── ── !!」


 巨人の咆哮のような呻き声が、一帯に響き渡った。

 ウルリクムミの再生力を上回る速度で、アウラの雷霆が体躯を破壊していく。

 それは最早「蹂躙」とも言うべき域に達しており、外殻は見る見るうちに剥がされていった。

 

「……ぐっ──────!!!!」


 ヴァジュラを握る両手両腕に鋭い痛みが走り、鮮血が迸る。

 足元には血の塊を吐いた後も残っており、神化のタイムリミットが来るよりも、アウラの肉体が限界を迎える方が早かった。

 

(あと少し、もう十秒もたせれば十分だ……っ!!)


 ダメ押しと言わんばかりに、放出する雷霆の出力を上げた。

 既に、ウルリクムミは肉体を激しく損傷している。鎧のような外殻は徹底的に破壊され、至るところが削り取られているかのようだった。

 それでも、巨人の弱点である核は見えない。

 命を賭して殺しにかかるアウラに対し、ウルリクムミはただ耐えることしかできない。

 プネウマを吸収して修復を加速させるという抵抗も、理性を介したものではなく、単純な生存本能によるもの。そこに死者の冒瀆という概念はなく、ただ自分が生きるための策を実行しているに過ぎない。


 だが──その醜くも現世にしがみ付こうとする執念が、かえって裏目に出る。


「……そこか……ッ!!」


 アウラが見つけたのは、不自然に盛り上がった背中の外殻。

 他の場所に比べて明らかに損傷が少なく、そこに「何か」があることは明らかだった。

 気付いたアウラはヴァジュラを一度引き抜き、その地点に躊躇いなく投擲した。

 そして、虚空を掴むように拳を握り──、


「──爆ぜろ」


 一言、そう詠唱した。

 注ぎ込んだ雷霆を一点に集約し、一気に炸裂させた。

 正真正銘、アウラの振るえる最後の一撃。その熱量は、エクレシア王国の都市の一角を更地に変えた時に肉薄する域に至っていた。

 それだけの力が一箇所に向けられればどうなるか、想像に難くない。

 

「俺は、神話の中でお前を殺した嵐神テシュプじゃない。それでも、俺の雷霆はお前の命に届く……!!」

 

 内側から外殻にヒビが入り、荒れ狂っていた雷霆が空へと駆け登った。

 そして、その中に隠されていたものが顕わになる。

 赤く煌めく鉱石のようなもの。

 巨人ウルリクムミがこの世に存在するための源。

 即ち──神骸。


 弱点が露出したのを目視したアウラは、継続して雷霆を放出しながら、


「────セシリア!! 今だ!!」


 この機を待っていた修道女セシリアに、合図を出した。

 バトンを渡す役目は果たした。

 あとは、異端狩りの仕事だ。

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