閑話『一時帰還』
「申し訳ありません、アウラ様。まさか、そんな大変なことになっていたなんて……身を挺して信徒を助けて頂き、本当にありがとうございます」
「いいですよ、礼なんて。寧ろ俺の方こそ心配かけちゃって、本当にすいませんでした」
華美な装飾の少ない落ち着いた雰囲気の、街の教会の一室。
そこにいたのは、ベッドに腰掛けるアウラ。もう一人は、彼の右腕に包帯を巻く茶髪に碧眼を携えた教会のシスター──レナだった。
アウラは少女を連れ、異界化していた墓地一帯から脱出を果たした。
丁度、セシリアがアウラを探しに行こうとしたタイミングで彼が帰還し、そのままアウラの治療────そして少女の事情聴取に移り、今に至っている。
「……つーか、シスターさんも教典魔術を使えたんだな。てっきり使徒にだけ教えられるものだと思ってたけど」
「初歩的なものであれば、私程度のような一介の者でも扱えるのです。より洗練させるとなれば、まさにセシリア様のような使徒となって鍛錬を積まねばなりませんが……っと、終わりました」
「ありがとうございます。でも、この包帯……」
「治療の術式を刻み込んだ、身体に残った瘴気を排出させる布です。身体を蝕むなんてことがあったら大変ですから」
笑顔を浮かべ、レナは包帯を巻き終える。
アウラの傷口は、彼女の教典魔術により塞がっている。その上から包帯を巻いているのは、アウラが浴びた異界の「瘴気」を吸収させる為であった。
「何から何まで、申し訳ないな」
「謝らないでください。私やグラハム神父は戦えない代わりに、せめて全力でサポートさせて貰うだけです」
にこやかに、レナは答える。
奉仕の心を持ち、人々を神の道に導くシスターに相応しい人格の持ち主だ。
街に住む人々を守るという意志は彼女も同じであり、自分にできることを最大限こなしているに過ぎない。
(根っからの良い人なんだろうなぁ、この人)
アウラの心の緊張の糸が緩み、思わずつられて笑みが零れる。
彼女のような人間の期待を裏切るワケにはいかないと、アウラは今一度気を引き締めた。
穏やかな雰囲気が満ちる中、一室のドアが開く。
「────こちらは終わりました、シスター・レナ。アウラさんの治療の方はどうですか」
「丁度終わったところです。それで……」
「サラさんの体内に残っていた悪霊の残滓は取り除きましたが、念の為教会で数日二、三日は経過を看て下さい。それと、あの墓地の異常についても聞きましたよ────どうやら、異界化していたんだとか」
「ああ。放置された墓地を中心として、結構な範囲に異なる空間が上書きされてたよ。肝心の墓地に何があったのかは調べられてないけど、確実に何かあると思う」
「悪霊が跋扈する一帯……考えられるとすれば、この悪霊騒ぎの元凶ってところでしょうか」
「魔に属するモノが活発になる物がある、ってことだな」
「あくまでも推測に過ぎないですけどね。アウラさんの調子が戻ったら、早速調べにいきたいところですが……どうです? まだ戦えますか?」
「問題ないって言いたいけど、異界を内側から破壊するのに少し無理し過ぎたかもしれない。瘴気のせいで雷霆の出力調整に少しだけ支障があるけど、日を跨ぐ頃には元に戻ってると思う。いや、戻すよ」
掌からバチバチと雷を迸らせ、自分の現在の状態を把握する。
アウラの真剣な面持ちに、セシリアもニヤりと口角を上げる。
「なら安心しました。シスター・レナも手当の方、ありがとうございます」
「これぐらいは当然のことです。身体を張って頂いてるのに、私達が何もしないワケにはいきませんから。……それでは私は他のお仕事を片付けて来ますので、失礼しますね」
朗らかな笑顔で会釈をし、レナは部屋を後にした。
彼女が去った後、アウラとセシリアは再び顔を見合わせて今後のプランを立てる。
「それで、サラさんは何か覚えてた?」
「曰く、自分の身体が何処かに向かっている感覚は覚えているらしいです。それと、数週間ほど「悪夢に悩まされていた」と」
「悪夢?」
「無数の亡者に追い回され、地面に引きずり込まれるような夢だったと。このところの騒ぎのことも鑑みれば、因果関係がないと考える方が難しいです」
「亡者によって引き起こされているのなら、元凶を潰せば解決するか。……セシリアの梅雨払いは引き受けるけど、具体的な算段はあるのか?」
「いちいち祓っても埒が明かないので、土地ごと浄化するのが一番手っ取り早いでしょう。ですので、二人で魔物を一通り殲滅。残りは私が始末を付けます」
「了解だ。さっき処理できなかった分、仕事はするさ」
「であれば、アウラさんが回復したタイミングで行きましょう。私も少し準備を済ませるので、暫くゆっくりしておいてくださいね」
アウラは頷きで返し、セシリアは部屋を後にする。
再び教会を発つまで、数時間。
万全な状態で戦いに臨むべく、アウラはベッドの上に寝転がり、仮眠を取るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます