94話『地に棲むモノ』

「これはまた随分と派手に……」


「申し訳ありません、シスター・レナ。壊れてしまった部分や備品の修繕費は私から教皇庁に請求しておきます」


 壁に叩きつけられた長椅子や、凹んだ床や壁面。

 礼拝堂に、つい先刻まで繰り広げられていたであろう異常の痕跡が生々しく残っている。

 そこに、あんぐりと口を開ける茶髪蒼眼の修道女レナと、彼女に頭を下げる、法衣を纏う白髪の使徒──セシリアの姿があった。


 教会に助けを求めに来た青年・ルキウス。

 彼に憑りついていた悪霊を祓い、その際の負傷を治療し終わったところだった。


「いえいえ、とんでもありません。悪霊祓いに伴って危険な状況に陥るのは多いですし……それに、近頃の悪霊騒ぎは教会本部のエクソシストもお手上げだったので、使徒の方に来て頂いて本当に助かります」


「私は当然のことをしたまでです。ルキウスさんの外傷は治療しましたが、後遺症が見られた場合には随時連絡を下さい」


「承知しました。ところで、さっき悪霊を相手に戦っていた方は一体……? 教会の方ではないみたいですが」


「彼はエリュシオンのギルドに在籍している魔術師、アウラさんです。彼とは個人的に知り合いでして、今回来て頂いたんです」


「アウラ……なんか何処かで名前を聞いたような気が……」


「エクレシアがバチカル派の襲撃を受けた時、一人で司教を相手取った人……と言えば分かりますかね?」


 セシリアがヒントを出すと、レナはポンと手を叩く。


「あぁ! あの! 街の一角を更地に変えたって有名な!!」


「丁度私もエリュシオンに常駐しているので、ユディラ神父の頼みもあって同行してもらいました。彼であれば、何かイレギュラーが起きても対応できるでしょう」


「使徒様がそう言うのなら、安心ですね。……ところで、その肝心のアウラさんは何処に?」


「彼なら、少し辺りを見て回ってくると。すぐ戻って来ると思いますよ」


 修道女レナが周囲を見渡しても、先程までいた銀髪の魔術師の姿はない。

 セシリアが悪霊を祓った後、一旦はルキウスを教会の一室に運び込んだ。その後、アウラは教会を出て周囲の散策に向かった。


──『ごめん、ちょっと外を見てくる』


 彼は何か違和感を感じながら、そう語っていた。

 その理由をセシリアは知る由もないが、予想は立てていたようで。


(アウラさんに宿る神性のことを考えれば、この地に棲む悪霊、あるいは魔に対して反応したってところでしょうが……)


 レナと話をする一方で、セシリアはそう推測した。

 彼女は一神教の人間ではあるが、古代より語り継がれた神話・伝承についても多少は通じている。


 アウラに宿るのは、万魔を屠る戦神インドラ。

 雷霆をもって数多の魔神を葬った神の神性を持つのなら、悪霊が跋扈するこの地に対して何らかの反応があっても不思議ではないと、彼女は考えたのだ。


「それと質問なのですが、この悪霊騒ぎはいつ頃から起こったんですか?」


「少し前……大体三ヶ月ほど前でしょうか。急に人が変わったように暴れ出す方や、悪夢を見るという方が教会に来ることが多くなったんです。行方不明になった方も増えてしまって……」


「確か、教会から派遣されたエクソシストでもお手上げの状態だと聞きましたが」


「はい。腕利きの方に来て頂きましたが、何人祓っても「元凶」を断たない限りはどうにもならない、と。とはいえ「聖女」の称号を戴くほどのエクソシストが来る筈もなく……」


「それで、私達のような使徒に役が回って来た、と」


 腕を組んで呆れ気味にセシリアが言うと、レナはうんうんと頷く。

 セシリアのような使徒は「布教」という表向きの顔と、「異端狩り」を筆頭とする荒事を請け負う裏の顔がある。

 無論、一般人が知るのは表向きの顔のみ。

 教会側から振られる仕事の割合で言えば、今回のような面倒事の解決も少なくはないのだ。


「申し訳ございません……」


「謝る必要はありません。こういった事の対処には慣れていますから」


 アウラのような冒険者がグランドマスターから依頼を振られるように、実力のある使徒はその対処に派遣される。

 現役時代、屈指の実力を誇ったユディラ神父が直々に派遣したということは、セシリアが使徒として確かな実力を持つことの裏返しでもある。

 であれば、その期待には応えるのが道理というものだ。

 

「そういえば、この教会の司祭の方への挨拶がまだでしたね。丁度良いですし、教会の近況についても聞かせて頂いても?」


「勿論です! グラハム神父なら奥の部屋にいますので案内いたしますね」


 言って、レナは元気よく礼拝堂の奥の部屋へと歩き出す。

 使徒として、与えられた仕事をこなす。

 悪霊によって無辜の民の生活が危険に晒されているのなら、全霊をもって対処するだけだ。




※※※※




 セシリアが使徒としての仕事をしていた頃のこと。

 アウラは街を行く人々に聞き込みをしつつ、個人的に感じていた「違和感」の正体を探っていた。


(直観に従うなら、こっちの方角か……)


 先ほどまで悪霊に憑かれた男が大暴れしていたが、昼間の街にそんな恐ろし気な雰囲気は一切ない。

 いつもと変わらず、穏やかに日々を過ごす人々が目に映る。

 憑りつかれている人間を見分けるなどという真似は、アウラにはできない。

 ただ、薄々感じていた異様な気配の出所を突き止めるべく、彼は歩いていた。


「確か、こっから先に長年放置されている墓地があるんだったか」


 彼が己の感じるままに歩くと、街から少し外れた場所に、鬱蒼と茂る森があった。

 魔物が現れても不思議ではない、人間の領域から隔離されたような場所。

 

「────っし、行くか」


 両手で頬をパンと叩き、気を引き締める。

 単独での調査と言っても、あくまでも軽いもの。最低限、悪霊騒ぎの解決に繋がる情報を持ち帰ることができれば十分だ。

 

 昼間にも関わらず、アウラのいる周囲一帯はやたらと暗かった。


 さながら、人間の立ち入りを拒むかのようだった。

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