キリヒト生誕

マリアがあの夢を見てから

ちょうど十月十日で、

馬小屋に居たマリアは

陣痛を迎え産気づいた。


もがき苦しむマリア、

とは言えおしるしや

破水がある訳ではない、

入った所から出て来るのだ。


マリアのお腹からは

光球が少しだけ外へと飛び出しており、

それが徐々に大きくなって行き、

完全に外へと出る時、

マリアは大きく息んだ。



痛みから解放され

ぐったりと疲れ切ったマリアが

自分の赤ん坊を探すと、

光球から光が消え、中から

珠のような赤ん坊が姿を見せた。


生まれたばかりの赤ん坊は

宙に浮いたままである。


「やぁ、マリア、はじめまして」


さらに

生まれたばかりである筈の赤ん坊は

ハッキリそう喋った。


「そして、本当にありがとう」


宙に浮き喋る赤ん坊。


『喋ったっ!?』


その状況に驚いたマリアだったが、

そんなことよりも何よりも

マリアの体は勝手に赤ん坊に抱き着いて、

彼を抱きしめた。


「あぁ、あたしの赤ちゃん……」


マリアは宙に浮く喋る赤ちゃんを

ずっと愛おしそうに抱きしめ続けた。


-


さてどうして

このようになったのかだが。


不慮の交通事故に遭い、

この世界の神により

ここに勇者として転生することになった

赤ちゃんの中の人。


しかしこの世界の神、

少しだけおっちょこちょいなようで、

彼が転生を果たす筈であった女性のお腹の中には

既に別の命が、転生者の魂が宿っていた。


ダブルブッキングと言う奴だ。


もう既に準備を終え、

転生しはじめようとしていた彼は、

このままでは行き場がなく

魂が消えてしまうかもしれない

非常事態に追い込まれる。


そこで神が急遽

彼を転生させたのが

マリアのお腹の中という訳だ。



「あなたは、

やっぱり神の子なの?

神の使いなの?」


ひとしきり

赤ちゃんとのハグを堪能したマリアは、

落ち着きを取り戻して

自らが抱っこする赤ん坊に問うた。


マリアからすれば

赤ん坊が宙に浮いたり

いきなり喋ったりと

不思議なことばかりだが、

神の子、神の使い

ということであれば納得は出来る、

マリアの場合は逆にそこに

それ以上の説明は要らない。



赤ん坊はこの質問に窮する、

回答に悩む赤ん坊というのも

そうそうない場面であるが。


今回の転生に関しては、

緊急事態であったために

神が創り出した胎芽たいが憑代よりしろにして

マリアの体内に転生して来たのだが、

それはある意味で

神が直々に肉体を創った

神の子と言っても

間違いではなかった。


そして、マリアも

体外受精で神の子を宿した

と言える状況であるのだ。


「神の子と言うのは

少々大袈裟だけども、

神の使いというのは、

合っているかな」


神がこの世界に

勇者として転生させる気で遣わしたのだから、

神の使いというのは間違いではないだろう。


それでいくと

神が絡む転生者、転移者は、

概ね神の使いということになる。


「やっぱり、

そうだったんだ……」


自らの正しさが証明され

嬉しくて涙ぐむマリア。


マリアが熱心に信仰して、

人生の全てを捧げようとしている神が

転生のダブルブッキングをしでかした

おっちょこちょいの神だと思うと

不憫でならない。


-


「神の使いの赤ちゃん、

あなたに名前はあるの?」


赤ちゃんの中の人、

マリアのお腹の中に居る時から

既に名前は決めていた。


赤ちゃんが自分で

名前を決めるというのも

おかしな話ではあるが。


馬小屋でマリアから生まれた

神の子となれば

人間世界ではあの人と

相場は決まっている。


家須いえず桐人きりひと

キリヒトと呼んでおくれよ」


「キリヒト、いい名前ね」


そこはマリアに

名前付けさせてやれよという

気がしないでもない。


-


「キリヒト、おっぱい飲む?」


赤ん坊にお乳をあげようとするマリア。


「ちょ、ちょっと止めてよっ、

一応中の僕はまだ

十代の思春期なんだからっ」


マリアには何を言っているのか

理解不能だったようだが、

とりあえず授乳は阻止出来た。


キリヒトはマリアに抱かれている際に

エナジードレインで生命エネルギーを

ちょっとずつ頂いており

それがあれば授乳がなくても

成長するには問題がなかった。



ひとしきりの

ファーストコンタクトが済むと

赤ん坊のキリヒトは

マリアに向かって言った。


「それじゃぁ、

マリアの身の潔白を

証明しに行こうじゃないか」


キリヒトがマリアの

お腹の中にいる時に

マリアがされた酷い仕打ちを

彼はすべて知っている。


その時はまだお腹の中に居て

何も出来ない自分が

もどかしくて

仕方なかったのだが。






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