マリアの懐胎

とある晩、

いつものように馬小屋でマリアが

積み上げた藁をベッドにして寝ていると

声が聞こえて来た。


「……マリア……」


マリアが目を開けると

眩しいばかりの後光の中に

人の姿が見える、

逆光になっているため

その姿はハッキリ見えなかったが、

マリアにはそれが

神の使いであるように思えた。


「マリア……

すまない……」


「……すまない……」


その人影はしきりにずっと

謝り続けている。


「本当にすまないのだけど、

君の体を、貸して欲しいんだ……」


「このままでは、

僕の、僕の魂は……

消えてしまう……」


よくはわからないが

神の使いが困って

自分に助けを求めている、

そう思ったマリアは

大きく首を縦に振り頷いた。


するとその人影と後光は

一体となって光の球体と化し

マリアのお腹の中に入って行く。


「ひゃっ」


唐突なことに驚いたマリアは

短い悲鳴を上げる。



そこでマリアは目を覚ます。


ガバッと上半身を起こすと

体全身にびっしょりと汗をかいていた。


「……夢? だったのかしら?」


マリアは何かとても

不思議な夢を見たような気分だった。


-


だがそれは決して夢ではなく

それからしばらくすると

マリアの体調に変化が現れる。


突然気分が悪くなったり、

吐き気がしたりすることが

頻繁に起きるようになった。


『やっぱりあれは

夢じゃなかった……』


やましいことは一切なかったが

それでもマリアは懐妊したことを

必死にひたすら隠そうとする。


あの意地悪な叔母さんが知ったら

それこそ流産でもさせられかねない。



そんなマリアの苦労も虚しく、

数か月後にはマリアのお腹はポッコリ膨らんで

妊婦であることは

誰の目から見ても一目瞭然であった。


マリアが懐妊していることを知った

叔母さんは烈火のごとく怒り

怒鳴り散らす。


「まったくっ、いったい、

なんてっ、ふしだらな娘なんだいっ!」


普段は比較的

マリアをかばってくれる叔父さんも

さすがに怒り心頭であった。


「馬鹿野郎っ!!」


叔父さんの大きな手が

マリアの横っ面を張ると

小柄なマリアの体は吹っ飛んだ。


「結婚もしてない女が

子供を身籠るだなんて、

お前は一体何を考えてるんだっ!!」


マリアの頬はみるみるうちに

真っ赤にはれ上がって行く。


「違うんですっ!

違うんですっ!」


「あたしはそんな

淫らなことはしてませんっ!

やましいことは一切ありませんっ!」


「神の啓示があったんですっ!

この子は神の使い、

神の子なんですっ!」


マリアは必死で弁明を試みるが

まるで聞き入れてもらえない。


「まぁっ、

呆れ果てたよっ、あんたにはっ、

神様のせいにしてまで

嘘を吐こうとするなんて、

いったいなんて娘だろうねっ!

この罰当たりもんがっ!」


意地悪な叔母ではなくとも

さすがに処女懐胎など

そうそう信じられるものでもないだろ。


「違うんですっ、

この子は家族のいない私に

神様が授けてくださった

神の子なんですっ!」


マリアの反論にますます

エキサイトする叔母。


「相手はどこの誰だいっ!?」


「ちゃんと責任を取ってもらおうじゃないかっ!

慰謝料をたんまりふんだくってやるっ!」


「お言いっ!言うんだよっ!」


髪の毛を掴んで、

マリアを床に引きずり回す。


一向に名前を言おうとしないので、

意地悪な叔母はマリアのお腹を

何度も蹴り飛ばそうとする。


叔母には子供がいないため、

尚更マリアの懐妊が

許せなかったのだろう。


一神教の宗教観が強いこの世界で

当然中絶などは認められておらず、

産ませないようにしようとすれば

こうなる。



マリアは体を丸めて

必死でお腹を守り続ける。


このお腹の中の子だけは

流産させてはいけない、

その一心で。


-


それからと言うもの

仕事の手伝いで街を歩いていても、

街の人々に影でコソコソと

悪口を言われ続けた。


「お腹の中の子、

父親が誰だか分からない

らしいじゃないの」


「あんな可愛らしい顔してるのに、

父無てでなし子だなんて、とんだ淫売よね」


それはマリアの耳にも

ハッキリと聞こえるぐらいに

大きな声の噂話であったが、

マリアは聞こえないフリをし続けた。


姦淫するなと神の教えにある

この世界では未婚の母に対しては

世間の風当たりも強かった。


「おいおい、お嬢ちゃん、

どうせなら俺らにも楽しませてくれよっ」


下衆な男達に

そう言われることも数限りなく。


それでもマリアは

ひたすら耐え続けた。


お腹の中の子は、

家族のいない自分に

神様が授けてくれた

神様からの贈り物だと信じて。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る