純潔の証明

産着を着せてもらい

宙を浮きながら移動する

赤ん坊のキリヒト。


マリアはその後を

歩いてついて来る。


マリアはキリヒトを抱っこしたがったが、

やはり人に分からせるには

これ程単純明解なものはない。


宙を浮く赤ん坊を見た瞬間に

それが超常現象であることは明白。


本人の目の前で

こんなにも分かり易い

神の奇跡が起こっているというのに

それを否定することは

さすがに出来ないだろう。


-


「すいませーんっ!」


母屋に着くと

赤ん坊のキリヒトは

声を出して家人を呼び出した。


「誰だい、こんな時間に」


叔母さんが家の扉を開けると

赤ん坊が宙に浮いている。


何かの見間違いだろうと

目を擦ってみる叔母さん。


「はじめまして、

マリアの息子のキリヒトです、

先程無事この世界に

生まれ落ちましたので、

ご挨拶に参りました」


「ヒィィィッ」


何が起こっているのか

分からない叔母さんは

キリヒトを魔物か何かと思ったのか、

短い悲鳴を上げると

その場で腰を抜かして座り込む。


女房の悲鳴を聞いて

叔父さんが猟銃兼

魔物からの護身用の

ライフルを手にして駆け寄る。


「どうしたっ!」


赤ん坊は念動力を使って

叔父さんが手に持つ

ライフルの銃身を捻じ曲げる。


呆然とする叔父さん。


「やめてっ!」


そこでマリアが

キリヒトの後ろから

叔父と叔母

二人の前に飛び出して叫ぶ。


「この子があたしの子ですっ!

神の子、神の使いのっ!」


-


叔父さんと叔母さんに

マリアの言う事を聞かず

暴力まで振るったことに対して謝罪を要求する

空を飛び喋る赤ちゃん。


「……すまなかったね」

「……申し訳なかった」


宙に浮かんで喋る赤ん坊を見て、

叔父さんも叔母さんも目を白黒させていたが、

困惑しながらも一応の謝罪はした。


キリヒト的には

二人に土下座でもさせて

マリアに謝らせたかったが、

本人がそれを望まなかった。


「分かってもらえれば、

それでいいんです……」


マリアの横顔は何処か

悲し気でもあった。


-


事前に自らの能力を

コンパネで確認していた

キリヒトだったが、

ステータスはまだ赤ん坊であるため

ほとんど参考にはならなかったが、

能力欄がとんでもないことになっていた。


『これはもう無茶苦茶だな、

チートの域すら超えている』


すべてを見ることが出来ない程の数。


キリヒトが総括して判断するに

ほぼ万能な超能力者のようなものだ。


やはり神が慌てて用意した

憑代となった胎芽は

神の体を構成している一部によって

創られたものかもしれない。


人間で言う所の細胞、

それで創られているのであれば

現在のこの赤ん坊の肉体は

神のクローンであるに等しい。


そう考えればこの

デタラメ過ぎる超能力のような

自らの能力にも納得がいく。


-


さてキリヒトには

まだやらねばならないことがあった。


叔父さん叔母さんには

マリアの身の潔白を

証明した訳だが、

街の人々の誤解はまだ解けていない。


それは自らを神の使いとして

大々的に公表する行為ではあるが、

自分の母を淫売と罵られて

黙っている子はいない。



キリヒトはマリアと共に

街へと向かう。


街行く人々は

空を飛ぶ赤ん坊に

ただ驚愕するばかり。


目の前で奇跡が起こっていると

人はまず感動するよりも怯える。


叔母さん叔父さんも

先程そうであったが、

神よりもまず先に悪魔を思い描く。


『神を熱心に

信仰しているというのに、

おかしな話だ』


街の市場へと道がつながっている

広場に二人が着くと、

赤ん坊はその場にあるすべての物を

念動力で宙に浮かせた。


市場に並んでいる商品のみならず

出店ごと宙に舞い、

人と建物以外がすべて空に浮く。


と同時にキリヒトは

その場にいる全ての人間の

脳に直接呼び掛けた。


「我は、

マリアの息子キリヒト、

神の子であり、神の使い。


我が母、マリアを侮辱せし者に

今すぐの謝罪を求める」


広場に居たマリアの前には

あっという間に人々が並び

行列が出来上がる。


「キリヒト、

あまり乱暴なことをしてはダメ」


母マリアは我が子を叱る。


「わかったよ」


赤ちゃんはそう言うと

宙に浮かせた物を

寸分違わず元の位置に戻してみせた。


『まぁこれでもう

マリアを悪く言う奴も

いなくなるだろう』


この世に転生するにあたり

多大な迷惑を掛けた母マリア、

せめて身の潔白を証明してみせ

名誉を回復してあげたい、

お腹の中に居る時から

ずっとそう思っていた

赤ん坊のキリヒトだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る