1日彼女

asai

1日彼女

アラームが鳴る前に目が覚めた。

顔を洗い、SpotifyでラッキーキリマンジャロのFRESHを流して、スマホで今日のスケジュールを見る。

普段はバイトやら大学の授業やらで予定を詰め込んでいるが、今日は終日 “1日彼女”とある。

ベッドの傍らに落ちているチラシを手に取った。ピンクを基調としたデザインにポップな手書き調のフォントで「1日彼女」と書かれている。


1日彼女は世の寂しい男性のための、女の子と健全な仮想デートができるという素晴らしいサービスだ。一切淫らなことはしないという条件なので、可愛い子が登録されているらしい。

あらかじめ断っておくが、自分はそこまで女の子に困っていない。

ちょっとしばらくの間、彼女がいないだけである。

1日彼女は気分転換ぐらいの感覚だ。

決してガチではない。

今日も友達が勝手に登録しただけだ。いや自分でやったっけ。

まぁどっちだっていい。とりあえずそんなサービスだ。


梅田のビックマン前で待ち合わせをした。


いた。


語彙力がない僕が言うので全くイメージしにくいだろうが、

服装はカジュアルでなんとなくnon-noに出てそうな細身の女の子だった。

ややつり目だが棘はなく、どことなく愛嬌があった。

端的にいうとタイプだった。


「翔太といいます。よろしくお願いします。」

「ユイコです。ユイって呼んでください。」

目が見れない。僕の動作は完全に童貞のそれだったと思う。

気づいてか気づかぬか、ユイは僕の目をじっと見てきた、いや、そんな気がした。

自意識過剰から解き放たれたかったので、立ち話もなんだからという理由で地下にある喫茶店に行くことにした。


喫茶店では普段聴いている音楽や通っている大学での話をした。

彼女が嘘をついていないと仮定すると、僕と彼女はどうやら同い年らしかった。


「同い年なのでタメ口で行きましょう!」

ユイは楽しそうに言った。

「え、もうですか?…は、はい。」

「はいって、まだ敬語!」

ユイは何か思いついた顔をした。

「敬語使ったらアウトゲームしません?」

「いいですよ」


「アウト」


ユイがニヤケながらこちらを指して言った。

「え?今はセーフなんじゃ」

「イマサッキハジマッタ。」

敬語をやめると片言になるようだ。

このゲーム慣れてないんじゃないだろうか。


僕が唖然としているとユイは食い気味に言った。

「じゃあ後でタピオカおごりでお願いしますね!」

僕は”アウト”といいかけたが、

あまりに満面の笑みで言うので頷くしかなかった。


喫茶店を出てHEPにあるゲームセンターに向かった。

喫茶店でうっかり口を滑らせてしまい、クイズゲームが得意なことがバレてしまった。ゲーオタの陰キャだと思われるとバツが悪いが、開き直りが大事だ。僕がいつも通りずんずん解いていくのを、彼女は本当にすごいものを讃えるように褒めてくれた。悪い気はしなかったが、ゲームで偉そうにしたくなかったのでそうでもないよを連呼した。内心めっちゃ嬉しかった。


ユイが太鼓の達人がやりたいと言うのでつきあった。

お世辞にも上手くはなかった。率直に言うと下手だった。だけど楽しそうだった。

そう思ってたのがバレたのか、ユイから突然バチを渡された。

ただでさえ難しい曲を、しかもハードモードでやらされてとても疲れた。


「いい汗かいた!喉乾いたね!冷たいの飲みたいね。黒いつぶつぶの!」

僕を小突いてくる。おごりタピオカの合図だった。


仲良くなったと一方的に感じていた僕は、ちょっと仕掛けようと思った。

諸々の仕返しも兼ねて、自販機であったかい微糖コーヒーを買った。

ベンチに座って待っているユイにほかほかの金と黒の缶を差し出した。

「はい、これ好きだよね!」


表情豊かなユイはこの日初めて無表情になった。

やっちまったと思った。


「だよね!完全にスベった!これは俺が飲むとして、、すぐタピオカ買ってくるね!?」

「ううん、これがいい。」

ユイはうつむいた。

僕はあたふたした。こういうところで男としての経験値が出る。

しかしどうしていいかわからず、謝りながら恐る恐る顔を覗き込んだ。


その瞬間ユイはパッと顔を上げ、いたずらを具現化したような表情でこちらを見た。

「引っかかったぁ!ほんとウブだね!そんなんじゃ女の子に騙されるよ!」

「ちょ!嘘泣きかい!」

ユイはケラケラ笑った。

「当たり前じゃん。そんなんで泣く女子なんかいないよ?微糖コーヒーはちょっとおもしろかったけど」

僕の反応が相当滑稽だったのだろう、ユイはお腹を抱えながらまぶたをぬぐった。その時ちらっと見えた目元の雫に光が乱反射した。それがなんだかとても綺麗で僕は思わず黙り込んでしまった。


「ちょっと見過ぎなんだけど。変態!」

眉毛は怒って、口は笑うという器用な表情をして、僕の腕をたたいた。

正直結構痛かったが黙っておいた。


その後はウィンドウショッピングをしてまわった。

初めて会う僕といても絶対に楽しくないのに、心から楽しそうにする彼女にプロ根性を見た。




ほんの一瞬、貴重な時間を使わせてしまい申し訳なく思った。




しかしこれは民主主義国家における商売だ。

僕のなけなしのバイト代から捻出したお金と等価交換ということで、彼女のサービスをしっかりと享受しようと思う。

僕は軽く胸を張った。

その時どうしたのとユイに聞かれたが、僕はなにも言えなかった。


ユイと遊んでいると、あっという間に時間が過ぎていった。

「あ、最後にあそこ行きたい!」

ユイが指したのは、梅田スカイビルだった。


屋上の展望台に到着した。風が強い。強すぎる。

ユイはそれだけで楽しいらしく、二人で写真が撮りたいと、なんとも彼女っぽいことを言った。

インカメラにして、横に並んだとき、彼女の髪の毛が僕の顔にまとわりついた。

その瞬間を撮った写真は醜く、一刻も早く消して欲しかった。

ユイはその写真をインスタグラムのストーリーズにあげたいらしかった。

僕はインスタグラムは知ってるものの、ストーリーズを知らなかった。

聞くと24時間で消えてしまう写真投稿らしい。

僕はすぐに消えるのにそんなんしないでいいよと言った。


「消える方がほら、エモいでしょ」


彼女は珍しく小声でつぶやいた。


別れ際、僕はとても名残惜しかった。

しかしユイはというと、お金を入れた銀行の赤い封筒を受け取ると、挨拶もそぞろにあっさりと改札の向こうに消えていった。

そこで改めて、これは”1日彼女”だったことを思い出した。


惨めに帰ってきた僕は、ギターの練習をした。

ずっと取り組んでいるBUMP OF CHICKENの新世界はなかなか弾けるようにはならない。

ただ、歌詞がとても好きなので早く弾けるようになりたかった。



なんだかとても疲れた。

早めにベッドに入り今日の思い出に浸った。

終始振り回されてばっかだったな。

だけどなんだろう、とても満たされてる、懐かしい気がした。


あの子めちゃくちゃかわいかったなぁ。

LINEでも聞いとけばよかったな。


ベッドの傍らに落ちている1日彼女のチラシを拾い上げた。

よく見ると、1と日の間が非常に近いことに気づいた。

これじゃあ”きゅう”と見分けつかないよと思わず吹き出した。

彼女の顔が浮かんだ。なんだか彼女っぽいなと思った。


いよいよ眠気に耐えられなくなり電気を消した。


旧彼女かぁ。

またあえるかな。






「先生、翔ちゃんの状態はどうですか、よくなってますか。」

診療室で由衣子は訪ねた。

「自宅療養に切り替えてしばらく経ちますが特に問題もなく、精神状態もだいぶ安定しております。ただ事故の影響による脳の後遺症は残っており、元の記憶を取り戻すことは、、」

主治医が告げると、由衣子はうつむいた。

「今は3年前の記憶で止まっており、しかも毎日リセットされている状態です。一種のショック療法なので確実な治療法ではないですが、印象的な記憶を再演して内部から刺激していくしかないのが現状です。。」

由衣子は震える手で上着のすそを握りしめた。

「恋人としての記憶がないため辛い立場かと思いますが、できるだけ近くにいてあげてください。」


由衣子は泣きそうな眉に口角を上げた不器用な表情を医者に向けた。

「辛いわけないじゃないですか。翔ちゃんの回復に繋がりそうなことで、何かわかればすぐに連絡ください。」



”ガタン”

由衣子は待合室の寂れた自販機から微糖コーヒーを取り出しプルタブを引っ張った。

病院を出てスマホを取り出し、翔太のスケジュールにログインした。


何十回目かの”1日彼女”の予定を入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1日彼女 asai @asai3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ