第33話 転進

〜鈴代視点


 私達は『すざく』に乗ってティンダと言う場所にあるソ大連第5前哨基地に移動後、しばし逗留していた。

 そこで補給の後、宇宙へ出てソ大連の基地に向かう予定だ。


 ダーリェン基地の生存者全員を『すざく』に乗せたはいいが、これからまた前線に赴くのに怪我人を乗せておくわけにもいかない。

 今居る基地で彼らには降りてもらって、外交ルートで本国へ送還してもらう手はずになっているらしい。


 もっとも叛徒扱いを受けている私達を、東亜本国がどう扱うかは不透明であり、最悪ソ大連への亡命手続きをする羽目になるかも知れない。


 もともとは私達の大連ダーリェン基地の北方にあるハバロフスクと言う場所にソ大連の第6前哨基地があったそうだ。


 その基地が『鎌付き』=反乱した輝甲兵によって壊滅させられる事件が起きて、その反乱兵の捜索及び逮捕または処刑の任務を帯びて派遣されたのが、テレーザ・グラコワ大尉の率いる部隊だった。


 捜索中に田中中尉の放ったと思われるオープン回線の通信を聞き、大連方面への捜索を強めたところで『鎌付き』の叫びの余波を傍受、数日後に大連基地を探り当てた。


 そこで任務の性質上外国(東亜)との接触は避けようと迂回しようとした所で、虫(近衛隊)が基地を襲っている場面に遭遇、状況への介入を決定した、と言う次第らしい。


 確認したところ、やはりソ大連の輝甲兵には私達の輝甲兵は虫に見えていた。

 と言う事はつまり、これまで私達が戦っていた『北の空から飛来する虫』はソ大連軍の輝甲兵だったと言う事だ。


 私達は自分達が知らない間に、人類が永遠に放棄したはずの『戦争』を行って… いや行わされていたのだ。


 相手が『どこかのテロリストや海賊』ならば、まだ虫の正体が輝甲兵だったとしても気持ち的には救いがあったろう。

 だが、お互いが正規の軍隊同士で戦闘したならば、これはもう『戦争』に他ならないではないか。


 私を含め、東亜の国民は誰一人として現実の戦争を想定していなかった。ソ大連の人達に恨みは無いし、ソ大連と戦争をする理由があったのかどうかすら知らない。

 その様な教育も受けていないし、戦争のニュースも聞かない。

 後から聞いた話だが、やはりソ大連側も同様に青天の霹靂であったようだ。


 ともかく、今までは敵として殺し合っていたソ大連軍と私達は、呉越同舟の故事に倣って今同じ船に乗って移動している。

 しかも近衛隊や核ミサイルを共に迎撃、撃退したと言う事で、妙な連帯感すらも生まれている様にも思える。


 言語の違いは輝甲兵に搭載されている電算機を使用すれば、大きな障害とはならなかった。

 幽炉が稼働していれば71ナナヒトがやっていた様な瞬間的な同時通訳がどの機体でも出来るのだ。


 輝甲兵を降りた後でどのようにしているのかは詳しくは分からないが、人柄の明るい三宅中尉や清田准尉は早速ソ大連の操者さんたちと仲良くなっているようだった。

 立花少尉と桑原准尉は男達の馬鹿騒ぎを横目に、炊き出しや配膳の手伝いをしている。


 石垣中尉は私と一緒に書類作りに大わらわだ。近衛隊襲来からの一連の行動の報告書、損耗した部隊資材の発注、ソ大連軍との付き合い方のガイドラインの作成、ダーリェン基地から持ち出してきたもののリスト、足りない物のリスト、怪我人のうちソ大連基地での下船希望の有無の確認、食料や医療物資の在庫確認、エトセトラエトセトラ……。


 これほとんど本来は私の仕事じゃないよね?!


 …これも全て近衛隊とソ大連との戦いの最中に主務の谷崎少佐が流れ弾を受けて負傷してしまった為だ。

 幸い怪我は右手首の捻挫と大事には至らなかった物の、『ペン仕事が出来ない』程の負傷ではあったので、回復するまでしばし御休養頂く事になった。


 と言う訳で私を含む基地の士官たちに事務仕事が回されたのだ。幸いな事に石垣中尉はこの手の仕事に慣れており、とても頼りになった。加えて脚の骨を折って静養していた武藤中尉も「ヒマだから」と松葉杖をつきながら手伝ってくれていた。

『紙の戦争』では私は英雄になれないし、まるで勝てる気がしない……。



 当初『すざく』の乗員達の対応は真っ二つに分かれたらしい。自分の目で『虫』を見て世界の欺瞞に気付かされた人達と、あくまでも私達を『叛徒』と見て交渉の席にすら付かない人達だ。


『すざく』の乗員は近衛隊では無く、一般の国防軍軍人に過ぎない。だが、同乗していた憲兵達の多くは、私達ダーリェン基地に対する徹底抗戦の構えを崩さなかった。

『すざく』の内部で大規模な武力抗争が起きる寸前にそれを止めたのは、艦長の永尾ながお大佐だった。


 永尾大佐は代々宇宙軍の幕僚を務めてきた軍の名家の出で、艦橋を武力で制圧せんと押し寄せた血気溢れる憲兵達に


「諸君らの目は節穴か?! 最も忠誠を尽している我々を国家がたばかろうとしているのに、その不義に対して何を以て『忠』とするつもりか?!」

 と一喝したと言う。


 それでも考えを変えなかった数人かの憲兵が艦橋で発砲、戦闘になる。永尾艦長は腕を負傷したものの艦内クーデターを最小限の被害に防ぎ、私達への降伏の意を示した、と言う事だ。


 永尾大佐がもっと頭の固い人だったら、最悪私と田中中尉とで『すざく』を沈めなければならなかったかも知れない。

 それすなわちダーリェン基地の人員は動く事も叶わないまま、新たな攻撃、下手したら核攻撃を受けていたかも知れない、と言う事でもある。

 永尾大佐の英断に感謝したい。


 永尾大佐には長谷川大尉から事態の説明と協力の要請が伝えられ、不完全な理解ながらも『鎌付き』追撃に対する協力を承認してくれた。

 まぁ、私達だって完全に事態を把握している訳ではないので、長谷川大尉の説得に幾分かのフェイクが含まれていたのは想像に難くない。


 そしてこの『すざく』という新鋭艦は本当に素晴らしい物だった。

 オウム貝を思わせる白く美しい外見は元より、田中中尉の零式によって得られた複数の幽炉を同期させるデータを解析、強化してなんと6基もの幽炉を並列稼働させる事に成功した奇跡のふねであり、今まで不可能だった地上での艦隊運営が可能になったのだ。


 これまで幽炉以外のテクノロジーでは戦艦クラスの物体を空に浮かせる事は不可能だったし、戦艦クラスの物体を浮かせる程の出力を持つ幽炉も存在しなかった。

『すざく』を空母として使用する事によって、輝甲兵の補給問題による活動半径の制限が大幅に緩和され、より広い範囲で作戦行動を行えるようになった。


 輝甲兵の放つスペクトナイトの輝きも美しいが、『すざく』のそれはまるでスケールが違う。まるで満天の星空がそのまま移動しているような圧巻な光景を見て、敵でも味方でも畏敬の念を抱かない者は居ないだろう。


『すざく』は大気圏への突入能力と突破能力を持ち、単艦で宇宙と地上、両方面での作戦が可能。輝甲兵を30機まで搭載運用でき、自身も巡洋艦並みの艦砲能力を持つ、正に『万能戦艦』の名に相応しい芸術品だった。


 まだ実験艦として試験航海中だった『すざく』を、『叛徒』である私達に見せ付ける為にわざわざ近衛隊が無理矢理借り受け、地上へと降下してきたのだが、現状まるで『高価な玩具を見せびらかせた子供が、ガキ大将にそのまま取り上げられた』様な形になっているのは何とも皮肉な事だ。



『すざく』がソ大連第5前哨基地に到着した時の事を考えると、今の状況はかなり改善されたと言えるだろう。


 いきなり外国の軍隊を呼び込まれたソ大連第5前哨基地は大混乱を起こしたらしい。まぁ無理も無い。

 グラコワ大尉の仲立ちにより、私達は物々しい虫(ソ大連の輝甲兵)による警備に囲まれつつも基地に着陸できた。


 ここで変に我々東亜の輝甲兵を見せると、また無用な戦いが始まってしまうので、我々輝甲兵部隊は『すざく』艦内で待機、長谷川大尉とグラコワ大尉とで先方の司令と話を付けてもらう。


 粗方説明し終わって、恐らくは「信じられない、虫=輝甲兵と言う証拠を見せろ」との話になったのだろう、ソ大連の司令官と思われる壮年の人物が建物から出てきた。


「待たせたな鈴代小隊、手を上げて外に出てこい」


 長谷川大尉の命令を受け、言われた通りに外に出る。万が一の不測の事態に備えて田中中尉は艦内で待機だ。

 彼は鈴代小隊員じゃないしね。


 警備の輝甲兵は突然の虫の出現に色めき立つが、私達が通常の輝甲兵に見えている先方の司令は、その理由が分からずにいぶかしげな顔をしつつも平然としていた。

 本来はとても緊迫したシーンであったろうが、私にはその反応のギャップがとてもコミカルに見えた。


 やがて警備の輝甲兵さん達も肉眼で私達を確認、『虫の真実』を知り愕然としていた。


 そんな事情も手伝ってか、ソ大連側との交渉は怖いくらいにすんなりと話が進んだ。

 もともとグラコワ大尉の任務が『鎌付き』の追撃でもあった為に、私達との利害が一致した為だ。

 また『すざく』の様なソ大連に無いテクノロジーが大きく興味を引いた事も、話の進展に一役買っているのは間違いないと言えるだろう。


 ソ大連では輝甲兵を『人型飛行戦車』と呼び、機体の名称の上に戦車ターンキの意味のTを付けるらしい。

 従って我々が呼ぶ24フタヨン式はT-24と呼ばれて運用される訳だ。ちなみに特機『鎌付き』の制式名称は『T-1』と言う名前だそうだ。


 東亜式の名称を付けるとしたら『一式』とか呼ばれるのだろう。


 尤も呼び名が変わるだけで中身は変わらない。ソ大連の輝甲兵も24フタヨン式だし、幽炉を含む交換部品の規格も同じだ。


 ただ、武装は各国で独自に生産、発展しているらしく、ソ大連の武器デザインに特になぜか71ナナヒトは喜んでいた。

突撃銃アサルトライフルのカラシがどうこう」言っていたが、私にはよく分からなかったし、別に分からなくても良さそうだから放置した。



 ソ大連の部隊長であるグラコワ大尉は、輝甲兵を降りるととても優しくて人懐こい魅力的な人だった。

 初顔合わせの時に私を見るなり「ワーオ、ハローシェンニカヤ  ジェーバチカ(可愛い娘)!」と言って嬉しそうに抱きついてきたのだ。


 その後で私よりも幼く見える武藤中尉が「こっちも可愛い!」と抱きつかれてクシャクシャにされていた。

 あの時の武藤中尉の微妙な顔は見ものだった。あの2人、年齢はそう変わらないはずだから。


 でもこの気安さはどことなく香奈さんを思い出させる。知らず知らずの内に笑顔がこぼれていた。懐かしい感覚……。


「着替えもろくに持ってきてないでしょ? 私の昔の服を上げるから是非部屋に遊びに来て」


 と言って私と武藤中尉を誘ってくれたが、武藤中尉は脚が痛いからと辞退していた。

 私もあまり乗り気では無かったのだが、2人誘って2人とも断るのも失礼と思い、グラコワ大尉の部屋にお邪魔してみた。


 見せてもらった服は、東亜の人間のセンスから言えば地味なデザインの洋服が主流だったが、色合いは派手すぎず地味すぎず私の好みに近かった。


 何着か持っていけと言われたのだが、その通りにするのも図々しい。

 少し古風な感じのロングのエプロンドレスを一着だけ頂いたのだけれども、『代わりにそれを着て基地の格納庫を練り歩く』と言う罰ゲーム紛いの真似もさせられた。


「だってミユキは凄く可愛いんですもの、これは是非皆に見せてあげなくちゃ! ほら笑って笑って!」


 などとグラコワ大尉、いやテレーザさんは言うが、基地の作業員や操者さん達に散々冷やかされて恥ずかしい事この上無い。

 なんでもこの服はテレーザさんの生徒時代の制服だったらしく、格納庫はなぜか異様な盛り上がりを見せていた。


 もう、私なんか見たって楽しくないだろうに……。

 やれやれ、『タダほど高い物は無い』とはこの事だろう。


 71ナナヒトにも見られてしまい、同様に冷やかされるかと思いきや、彼も異常な程に興奮して喜んでいた。

 また私には分からない理由で何かが彼に刺さったのだろう。あまり深入りしないでおく。


 しかし、女だてらに部隊を率いて特機を操るソ大連のエース、武藤中尉と香奈さんの良い所を合わせた様なテレーザ大尉ってカッコ良いな、と思う。

 女としても隊長としても魅力的なテレーザさんに少しだけ憧れてしまう。

 私もいつかあんな感じになれたら良いな……。


 テレーザさんと同じT-1、いや我々にとって馴染みの深い『鎌付き』の操者の氏名も判明した。名をヤコフ・ミェチェスキーと言う少佐で、テレーザさんが言うには軍人と言うよりも学者肌の人だったそうだ。


 そのミェチェスキー少佐の妹であるエリカさんとテレーザさんは、古い友人で、当然兄のヤコフ氏の事もよく知っていたらしい。


 そして私達が初めて『鎌付き』と遭遇した戦いで、虫の撤退中に『鎌付き』によって殺された虫=輝甲兵の操者がエリカさんだったのだ。


 テレーザさんにとっては、『鎌付き』は反乱を起こし味方の基地を壊滅に追い込んだ罪人であると共に、友人エリカを殺した仇でもある、と言う事で物凄く使命感に燃えていた。


『鎌付き』は私達のダーリェン基地を攻撃して、今井少尉を始めとする多数の死傷者を出してくれた。

 更に『鎌付き』の行動が角倉まどかを狂わせたのならば、間接的にではあるが、それは香奈さんの仇でもある。

『鎌付き』を追いかけている限りは、私達とテレーザ大尉の部隊とは共闘できるはずだ。



 ひとつ良いニュースがある。縞原重工の技術士である田宮さんが回復したのだ。

 まだ介護は必要だが、車椅子を器用に使って輝甲兵の整備の指示を出している。


 そして田宮さんの呼びかけで、『すざく』専属の技術士である竹本さんとソ大連の技術士8名とで会議が行われ、技術士さん達だけで何か重大な決定が成されたらしい。


 その結果はソ大連基地司令のイラノエーゴ大佐、『すざく』の永尾大佐、そして長谷川大尉の3名にだけ伝えられた。その内容はテレーザ大尉を含む私達にも秘密だそうだ。


 そしてその日のうちにソ大連の基地内でマリンコフ少佐と言う人が拳銃を使って自殺した。

 このマリンコフ少佐と言う人は、ソ大連本国の共産党から派遣されてきた政治将校だったらしい。


 この政治将校というのが何をする人達なのかは東亜の国民である私には分からない。しかし、基地内の噂では技術士達の会議内容がマリンコフ少佐の自殺に関係している、と言う見方が濃厚なのだそうだ。


 その翌日、東亜、ソ大連両国の輝甲兵から『偏向フィルター』と言う部品が除去された。これによってソ大連の輝甲兵が普通に輝甲兵として映像に映されるようになり、精神衛生上かなり良くなった。


 そして不思議な事に私の3071サンマルナナヒトからはフィルターの除去作業は行われなかった。

 なんでも71ナナヒトが何かを会得したらしく、自力でフィルターを無効化したそうだ。

 何をしたのか聞いてもまともに教えてくれないのが如何にも71ナナヒトらしいが、それが無性に腹が立つ。



 イラノエーゴ司令、永尾艦長、長谷川代行、テレーザ大尉らによる会議の結果、私達は『すざく』を旗艦として東ソの合同部隊を結成、『鎌付き』とそれの乗った『はまゆり』を追跡する事になった。


 私達、元ダーリェン基地の職員は、東亜からはきっと全員が反逆者として扱われ、懲罰の意味も込めて家族への配給も制限される事になるだろう。

 あくまで予想での話だが、少なからず家族への迷惑はかかるはずだ。

 はからずも家族にはとても申し訳無い事をしてしまったと思う。父さん、母さん、辰雄、本当にごめんなさい……。


 でも『鎌付き』とまどかを捕らえ、或いは倒して真実を公表出来れば、きっとこの汚名は雪げるはずだ。

 それまで我慢して下さい、不徳な娘を許して下さい…。


 私達は一時的にソ大連の義勇兵として扱われる事になる。階級その他の扱いは東亜の頃と同等にしてもらえるらしい。

 着の身着のままで脱出してきた私達に、制服を含めソ大連の装備を色々と貸与してくれたのは嬉しいが、やはり他国の軍服に袖を通す気にはならなかった。


 新設された追撃部隊の戦力は『すざく』と私の小隊、田中中尉、テレーザ大尉とその中隊、合計22機の輝甲兵を擁する大部隊となった。


 全体の指揮権は永尾艦長に、輝甲兵部隊の指揮は長谷川大尉に委任されるが、テレーザ大尉はそれに対し拒否権を持つ、と言う事だ。

 万が一私達がソ大連と対立する事があっても、輝甲兵の戦力差で鎮圧できる算段なのだろう。



 無為に過ごす時間は終わり、はっきりとした目標が定まった。それだけでも私の様な、真面目以外に能の無い人間には精神的にとても助かる。


 まずはソ大連の宇宙軍基地に寄港し、情報を入手、その後に新たな目的地を選定する事になる。


 万感の思いを載せ、今『すざく』は進路を宇宙へと向けた。

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