第32話 脱出ゲーム

〜???視点


「あいたたたた…」


 …頭が痛い。

 怖い人達に囲まれて取り押さえられ、「ここに入っていろ!」と狭い部屋に押し込められた所までは覚えている。

 恐らくは突き飛ばされた時に、どこかに頭をぶつけたのだろう、そのせいなのかどうかは分からないけれど、今の今まで意識を失くしていた様だ。


 手錠等は掛けられていないから一応自由に動ける。頭以外に痛みも無い。打ち身だけで怪我は無さそうだ。


 そもそもここは何処で、今は何時なんだろう? 室内を見渡したけれども時計は無いようだ。

 部屋の外に通じる扉は1つだけ。でもこの扉も鍵が、しかも外側から鍵が掛かっているらしく開く気配は無かった。


 扉の横に画面付きのインターホンがあるけれど、スイッチを押しても電源が入っていないのか、こちら側からはウンとスンとも反応は無かった。


 ドンドンと扉を叩き声を出す。

「すみませ〜ん、誰か居ませんかー? 誰かここを開けてもらえませんかー?」

 しばらく待つが返答は無い。と言うか周りに人の気配すらしない。


 …仕方ないので部屋を探索してみたいと思う。

 部屋そのものは3メートル四方の空間に、簡単な造りの作業机と椅子、シングルベッドが置かれている。壁には狭いクローゼットがあってその中身は空、その隣にトイレと一体化した洗面所がある。まぁ客をもてなす為の部屋じゃ無いのは確かだね。


 洗面所からは水が出る。仮にここから出られなくても、少なくとも渇死だけは免れそうだ。

 洗面所の戸棚にはプラスチック製の歯ブラシとコップが入っていた。どちらも使用感が無いから新品なのかな?


 後はトイレの上部に割と大きな換気扇があるくらい。差し当たってはあの換気扇をなんとか取り外して、どうにか人が通れそうに見える排気ダクトを伝ってこの部屋から脱出するのが目的な様に思える。


 換気扇のフレームはネジでしっかりと固定されている。プラスのドライバーが有れば取り外せそうだけど、そんな物が都合よくこの部屋にあればいいけどねぇ。


 さらに細かく調べてみよう。

 机の引き出しには手の平大の白紙のメモ帳と、1本のボールペンが入っていた。


 現在の入手アイテムは『歯ブラシ』『コップ』『メモ帳』『ボールペン』だ。


 とりあえずコップに水を注ぎ一気に飲み干す。

 ひと息ついた所で椅子を手に取り、トイレの上蓋を閉めて上に乗る。

 大きく息を吸って、手にした椅子を換気扇に向かって渾身の力でぶち当てる!


 大きな音と共に砕ける椅子と換気扇。降り掛かる破片から見を守るべく腕で防御する。

 おーこわ。うん、怪我はせずに済んだね。


 え? 『見つけたアイテムを使って、徐々に謎を解いていくんじゃないのか?』って?


 使ったじゃん『椅子』

 そもそもこれは現実で、容量の小さいパズルゲームじゃないんだから、アイテムの使い方は不定で無限で自由だよね。


 という訳で、砕けた椅子の脚を使って、残った換気扇の残骸と破片を掃除する。

 この椅子の脚、なんだか頑丈で使い勝手が良さそうだから、棍棒代わりに持っておこう。


 ベッドにあった毛布を使い、まだ換気扇の刺々しい部品の露出するダクトを覆う。


 そのまま力を込めて上に飛び上がり、ダクトの中に体を収めるべくしばらくジタバタとする。


 どうにか四つん這い出来るほどの狭いダクトの中に体を押し込んだその瞬間だった。

 ドガーン!!と凄まじい音と、激しい衝撃と共に、鉄板の様な物体がベッド脇の壁を突き破って、部屋の外側から内側に向けて飛び込んできたのだ。


 厚さ10cm、高さ1m程のそれは、入ってきた壁の反対側の壁まで突き抜けて部屋を両断していた。

 外壁の厚さもあるからそれも含めて鉄板の長さは5mくらいかな?


 いやー、あっぶねー。ダクトに逃げ込むのがもう少し遅かったら、この体もそのまま部屋もろとも真っ二つになっていたかも知れない。


 ね? のんびりパズルゲームやっている場合じゃ無かったでしょ?


 やがてその鉄板は、それ自体が生き物であるかのように蠢き、これまた物凄い勢いで床を断ち切りながら下方向に去っていった。


 部屋の床が無くなってしまったので、もうダクトから部屋に戻る事は不可能だ。前に進むしか無くなってしまった。

 鉄板がぶち抜いた壁に空いた穴から僅かに外が見える。森と建物の一部しか見えないけれど、どうやらこの部屋は地上数十メートルにあるらしい事が確認出来た。


 さっきの鉄板の消えた先(下方)から幾つか爆発音のような物が聞こえてきた。いよいよもってここはヤバイ場所なのではないかと考えられる。


 下から散発的な爆発音が聞こえる。そのたびにビリビリとダクトが振動して心臓に悪い事この上ない。このまま何時いつこの建物(?)ごとドカーンと行ってしまうのではないかとドキドキする。


 今居るダクトがガタガタと大きく震え出す。下から何箇所も同時に爆発している様な音と振動が、かなり長く続いた。

 怖い、メッチャ怖い。コロニー育ちの人間は床や地面が揺れるのに慣れてないんだよ。

『地上で一番怖い事は?』ってアンケートを取ったらダントツで『地震』が一番になるだろう。


 恐怖のあまりダクトの中で震えるしか出来ない。

 下から響く轟音が更に大きくなり、上から体が押さえつけられる様な感覚が来る。うつ伏せの態勢のままそれ・・は数百キロのおもりに等しく膨れ上がる。


「死ぬ… これはもう死ぬ…」

 ダクトの中で身動き取れずに、熨斗ガエルになって死ぬのはまっぴらゴメンだが、指先一つ動かせない。

 今までの楽しかった思い出が次々と頭の中に蘇る。これが走馬灯ってやつなのかな?


 のし掛かる重力に筋肉が動かないのは体の外だけじゃない。体の内側、呼吸をする為の筋肉も動かない。

 息は吐けるけど吸えない、視界が真っ赤に染まる、眼球が飛び出しそうになる。


「あ… がっ…」

 声も出せない。こんな狭苦しい所で1人で死んでいくのはイヤだなぁ、誰にも見つけてもらえないまま死体が干からびていくのかな? ネズミに齧られて徐々に体が小さくなっていくのかな? どっちもイヤだなぁ…。


『死』を覚悟する。実際に死神とやらはすぐ目の前に居るに違いない。

 全てを諦めて目を閉じようとした瞬間、体から錘が外された。

 その反動だろうか、一気に体が軽くなる。


 いや、違う。これは無重力なんだ。きっと今いる場所は宇宙船か何かで、さっきの錘は打ち上げられた時のGをモロに被ってしまった、という事だろう。

 …イヤほんとマジで死ぬかと思った。


 命の有り難みを痛感しながら今度は軽々とダクトの中を進む。狭くて埃だらけで真っ暗だけど、何故か気分は晴れ晴れとしていた。


 ダクトの奥に仄かな光が見えてきた。出口が近いのかも知れない。期待に胸を馳せダクト内を匍匐しながら進んで行く。


 突き当たった先は行き止まりで、通路の上に換気口が取り付けられて、そこから下の光が差し込んでいるようだ。

 換気口の薄い金網を棍棒を使って破壊、取り外して下の通路に飛び降りる。気分はスパイ映画の主人公だ。


 すぐ横に広いスペースがある。人の気配はしないけど、元々人の気配が読める様な技能は持ち合わせていない。まして子供の頃から「お前は空気の読めない奴」と言われ続けてきた人間だ。感覚はまるで当てにならない。


 通路から覗き込んでみる。薄暗くはあるが、十分に物を確認できる程度の明るさはある。

 その先に見た物は、数体の輝甲兵だった。薄暗くて手前の2、3機しか確認できないけど、見覚えのある機体ばかりだった。


「輝甲兵…? あの30サンマル式は小林大尉の機体かな? あれは零式… 田中中尉は…? あと丙型もいる? 香奈ちゃんもここにいるの…?」


 どの輝甲兵も起動していない様だ。まるで眠っているみたい。奇妙な薄ら寒さすら感じる静けさだけが支配する空間…。


 それでも多少は安心した。少なくともここは見知った輝甲兵が集まっているのだ。見知ったパイロット達も遠からず現れて来るだろう。

 皆がボクの罪を許してくれるのなら、だが…。


 列の一番奥に居た輝甲兵を見上げて動きが止まる。妙に広い肩幅と長い腕、24フタヨン式よりも無骨で堅牢そうな機体がそこにいた。

 こんな輝甲兵は見た事がない。ただそれだけなら「あぁ、新型なのかな?」と流してしまうところだが、この輝甲兵はとにかく『異様』だった。


 どこがどう異様なのかの説明は難しい。まずその発する雰囲気からして重苦しくて息が詰まる。

 まるでサウナ風呂の様なじっとりとした空気、その空気が更に体を痺れさせる毒を帯びているような感覚を醸し出していた。


 雰囲気だけでは無い。その輝甲兵は体中が傷だらけで、特に腹部には大穴が空き、そこから流れ出たのだろう、大量の血液が凝固して機体に貼り付いていた。

 機体の外に流れた血の量だけでも、パイロットは致死量の失血があった事が窺われる。あの中は見たくないね。


 機体の自動修復でもあの穴を塞ぐにはかなりの時間が必要だし、さっさと縞原の技術士にやらせて幽炉の消耗を防いだ方が良い。


 でもここにいるのはボク1人。残念だけどボクは幽炉の専門で、機体を弄るのははっきり言って素人だ。誰か他に技術士さんが居ないのかな?


 今は機体を直す事は出来そうに無い。て言うかあの禍々しい輝甲兵には、出来れば近付きたくないし触りたくない。

 とにかく誰かを見つけないと… 今この状況がどうなっているのか誰かに教えて欲しい。


 不意にすぐ近くの通信コンソールに明かりが灯った。『緊急』を表す文字が無音のまま大写しで点滅している。


 いや、なんか怖いんですけど? 何の前触れも無く、前を通った時に都合よく通信が入るとか有り得なくないですか…?


 無視して通り過ぎようかと思ったけど、無視したら更に状況が悪くなる予感に襲われて通信スイッチを入れた。音声では無く、画面に文字が映し出される。


「ハカセ! シナモン博士! アンジェラです! ご無事そうで良かった…」


 おおっ! もしかして我が分身のアンジェラちゃんかな? 端末ごと没収されそうになったから、香奈ちゃんの丙型に避難させておいたけど、うまく脱出できたみたいで安心したよ。


「アンジェラちゃん、ここがどこで何が起きたのか知ってたら教えて。香奈ちゃんやまどかちゃんも一緒なんだよね?」

 コンソールの横のキーボードを叩いて文字を打ち込む。今はとにかく情報が欲しい。


「ここは東亜連邦の輸送船『はまゆり』の中です。仲村渠少尉は… まどかさんの反乱によって、戦死されました…」


 ?!!


 …嘘だよ。あの香奈ちゃんが死ぬなんて信じられない。


 い、イヤだなぁ、アンジェラちゃんはぁ。ボクはキミに『嘘をつく』システムなんて組み込んでないよ…? 


 あ、ひょっとして自己進化してそんな能力を身に付けちゃったのかな? さすが天才のボクの作ったAIだね! でもそういうのはあんまり良い趣味じゃないと思うよ…?


 …………。


「残念ながら真実です。申し訳ありません、私にはどうする事も出来ませんでした…」


 なんてことだ… 香奈ちゃんの死がまどかちゃんに起因する物ならば、その責任はボクにある。ボクのせいで香奈ちゃんを殺してしまった…?


「悲しんでいる暇はありませんよ博士。今はまどかさん達が休眠状態にあるので、私が出てきて会話できますが、まどかさんが目覚めるとそれも叶わなくなります。この船からの脱出も含めて、今のうちに対策を練っておくべきだと考えます」


 それからアンジェラちゃんにここまでの経緯を細かく説明してもらった。目の前の異質な輝甲兵が『鎌付き』の正体だと言う事や、まどかちゃんの変質から香奈ちゃんや他のパイロット達の不幸、まどかちゃんが外部から複数の輝甲兵を操って鈴代ちゃん達と戦った事、先ほど危うく真っ二つにされかけた鉄板の正体が、71ナナヒトくんの持っていた鉈だった事等、諸々だ。


 零式がここにある、という事は天使エンジェル田中中尉も死んだり怪我している可能性が高い…。


「でもこの『鎌付き』の様子じゃ、中の人は確実に死んでるよ? この状態で飛んできた、って言う事はまさか…」


「はい、『鎌付き』の幽炉も71ナナヒトさんやまどかさんと同様に、覚醒したピュアワンである可能性が高いと思います。どうします…?」


「…研究者としては、話が出来るもんならしてみたいけどね…」


「そんな悠長な真似をしている暇はありませんよ。私が走査スキャンした結果、この船には脱出に使えそうな内火艇は装備されていません。船の目的地が判明したら、なんとかまた連絡しますから、今はどこかの船室に隠れていて下さい」


 アンジェラちゃんに怒られた。まぁボクが今ここで出来る事なんて何も無いから、仕方無いんだけどさ。



 その時、奥の『鎌付き』… いやどこぞの国の特殊輝甲兵のカメラアイに、妖しげな赤い光が灯った。

 アンジェラちゃんとの会話で埋まっていた画面いっぱいにロシア語と思しき言語がズラーッと羅列される。


 でもいくらボクが天才でもロシア語は挨拶くらいしか分からない。


 分からないまま立ち尽くしていると、少し後に日本語でメッセージが現れた。

 どうやら向こうが気を遣って和訳してくれたらしい。良い人じゃん。


《貴様は東亜の縞原重工の技術士だな? 生身で宇宙遊泳したく無かったら私の命令に従え。そうすれば生かしておいてやる。まずは…》


 前言撤回。この幽炉の人、絶対悪い人だよね……。

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