第3章

第31話 輝甲兵開発秘話

※注意!


〜作者より

 下記の諸々の情報は、本作の進行中に71ナナヒトや鈴代たち主要登場人物が、物語最後まで(恐らくは生涯)知り得ない情報です。


 極めて雑な手法で恐縮ではありますが、いつかは書かないといけない事ですし、章の節目でいい機会なので、ここでその大半を公表させて頂きました。


 もし読者様の中に『鈴代たちと情報を共有したい』と、今の時点でのネタバレを望まない方がいらっしゃる様でしたら、この31話は当面読まれない方が良いでしょう。


 ストーリー進行的に31話は読み飛ばして頂いても全く影響ありません。

 後々ネタバレが必要になった時に読み戻って頂ければ結構です。


 読者様におかれましては、事情を知らないまま鈴代達と共に歩んで頂くか、事情を知った上で『事情を知らない』鈴代達の懸命な足掻きを、天上から眺めて応援して頂くかの選択をお願い致します。


 では、第31話を開始致しましょう!


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 始めは単なる事故だった。悪意など何処にも無かったのだ……。


 ソ大連(ソビエト大連邦)の管理する宙域に存在していた資源衛星『大地ポーチヴァ』が大型のデブリと衝突、軌道を弾かれて大東亜連邦の管理宙域に入り込んだのだ。


 全人類が宇宙に移民した時代。核に汚染された地球に資源を頼る事は出来なかった。

 根気強いテラフォーミングのおかげで、地球はようやく海の色を取り戻しつつあるものの、まだ大勢で降りて生活できる様な環境では無い。

 これから各国で小規模な調査隊を送って、残留放射能等を調べている段階なのだ。


 当然ソ大連は資源衛星の返還を要求したが、東亜はこれを拒否した。『各国は自国管理宙域内の宇宙資源の利用権利を認める』と定められた地球連合法によって、ポーチヴァは東亜連邦の所有物となった為だ。


 ソ大連も命綱の資源衛星をむざむざと諦めるつもりは無い。国民の生活、下手をしたら命が掛かっているのだから当たり前である。


 交渉は2年に及び、ソ大連は管理宙域の一部割譲までも条件にしてポーチヴァの返還を要求したが、東亜は連合法を盾に一切応じなかった。


 ここでソ大連は強硬手段に出る。


 採掘中のポーチヴァに特殊部隊を送り込み、監督と作業員12名を殺害、占拠した。

 ソ大連本国から遅れてやって来る大型輸送船にポーチヴァを連結、曳航してソ大連の管理宙域にまで戻す、という豪快な計画を遂行する為だ。


 しかし件の輸送船は付近を哨戒中の東亜連邦のパトロール船に捕捉、拿捕され計画の全てが露呈してしまう。


 しかしソ大連はポーチヴァの作業員達の死体を処理、特殊部隊も全員自害させ、証拠を隠滅した上でそれを否定、逆に全ては大東亜連邦の自作自演であると発表する。


 これに対し東亜はソ大連を大きく批難。両国の軋轢は修復不可能な所にまで来ていた。



 頭を抱えたのは地球連合の中央政府である。このままでは放棄したはずの『戦争』が再び起こってしまう。

 なんとか細々と生き延びている今の状態で国力を大きく失う戦争なぞをしたら、ただですら苦しい経済は完全に崩壊し、人心はすさみ、世界は大きな混乱に巻き込まれるだろう。

 そして舵取りが出来なくなった各国は再びタガが外れた様に大量破壊兵器を用いて争い合うだろう。


『今度こそ人類は滅んでしまう』


 それはすなわち地球連合の存続の危機でもあるのだ。

 そうなる前に手を打つ必要があった。


 誰かが戯れに言った。「人間同士じゃ無くなれば戦争じゃないよな」と。


 ただのボヤキの類であったが、その言葉に欧州帝国の『シュピーゲル』社が反応した。


「当社の開発した『偏向フィルター』ならば、カメラに映るどころかレーダーやソナーですら別の物として見せる事が出来ます。相手をそう、例えばあらかじめインプットしておいた宇宙怪獣のような化け物に見せてしまえば、兵士は真実を知る事なく、士気の高いまま国民を守るヒーローになれます。戦後に人を殺したトラウマを背負う事もありません!」


 その後、地球連合政府は秘密裏にプロジェクトを始動させた。『戦争をしながらも戦争と気づかせない』戦いの実用化を目指して。


 欧州帝国からは『偏向フィルター』

 全米連合からは『幽炉技術』

 大東亜連邦からは『スペクトナイト』

 ソ大連からは『神経接続操作システム』


 その世界中の叡智を集めて造られたのが『輝甲兵』。

 戦争の悲劇から人類の目を覆い続ける為に創造された幻の巨人である。


 輝甲兵と言えば切っても切れない存在が『幽炉』だが、その幽炉の製造に生きた人間の魂が必要なのは極秘とされた。その為もあって、どの勢力もその人選と確保には非常に困難を極めた。


 人口が管理されている宇宙コロニーでは、国家に盲目的な一部の軍人を含めても、わざわざ機械の動力炉に成りたがる人物は居ない。


 各国がひねり出した答えは『死刑囚』『服役中の重犯罪者』『余命幾ばくも無い重病患者』『重度知能障害者』『後期高齢者』等を、不慮の事故で書類上は死亡したと見なして幽炉の『原料』として使用するものであった。


 しかしながら、幽炉1基に平均2.4人分の精神を必要とする為に、やはりそのやり方では千から万単位の幽炉の数を揃える事は不可能と結論付けられ、量産性の難点という理由で輝甲兵の運用そのものが危ぶまれた。


 …そして東亜の企業、縞原重工から何とも不可解な『超時空間精神感応システム』が持ち込まれる。

 これは時空を超えた相手の精神(生命力)を自分達の世界に引き寄せたり戻したり出来る、という既存の物理学では説明出来ない、全く新しい概念の技術であった。

 その仕組みは未だに縞原重工の内部にあっても厳重に守られた秘密のベールの向こうにあり、我々が計り知る事は不可能である。


 過去の、それもやや異なった時空からならば、ほぼ無限に幽炉の原料を調達できる、という事で輝甲兵量産計画は再び動き出した。


 輝甲兵の生産はまず、全米連合の幽炉の開発元であるソウル&ブレイブス社と、東亜の縞原重工による合弁企業を立ち上げ、生産工場のモデルケースを造った。その後欧州帝国やソ大連にも技術を供与、全世界的に輝甲兵の量産が行われる事となった。


 新しく開発された新モデルは即座に他国の開発データに上書きされ、国ごとに技術格差が生まれない様に配慮されている。

 現段階ではどこの国でも主力輝甲兵は24フタヨン式(国ごとにT-24、M-24、よん号機兵と呼び名は変わる)であり、後継機の30サンマル式に徐々に転換されている状況である。


 主力機である量産型は世界的に規格が統一されるが、『特機』と呼ばれる機体の研究や開発は各国で自由に行われている。

『大型化してみた』『小型化してみた』『複数の幽炉を積んだ』『通常の倍の密度のスペクトナイトを使った』等々、様々な試みが行われたが、そのほとんどは完成品の性能が膨大な開発コストとバーター出来なかったり、まともに実用化できずに実験機としてその生涯を閉じる事になった。


 同様に乗り手側としての研究も始まり、輝甲兵との同調性の高い人間を人為的に作る試みも行われた。

 睡眠学習、インプラントによるサイボーグ化、遺伝子操作したデザイナーズベイビー等、様々な実験が行われたが、こちらも確実性のある研究成果は出なかったようである。


 ☆


 やがて連合を上げて既存の全兵力の差し替えが行われた。『もう古くなった』『不具合が見つかった』『単価が高すぎる』等の理由を付けられて、偏向フィルターを新規に取り付けられない旧型の兵器は徐々に姿を消していった。


 そして更に2年後、東ソ両国の緊張が極限に達した所で輝甲兵の配備完了が伝えられた。


 それを受け、改めてソ大連政府は大東亜連邦政府に宣戦布告を行い、東亜も宣戦布告を返す。


 ここに数百年続いた地球連合の『不戦の誓い』は破られる事になった。


 時期をほぼ同じくして欧州帝国と全米連合との間にも、管理宙域規定の解釈の違いから、数年前から緊張状態が生まれ、やはり数年後には開戦に至っている。


 第4次世界大戦は既に始まっていたのだ……。


 尤もそれを知っているのは各国政府の一部高官や将官以上の軍人だけだ。

 一般の民衆は貧しく、虫に怯える日々を過ごしてはいるものの、人類同士は堅固な絆で一致団結して宇宙怪獣と戦っている、と信じている。


 ☆


 戦争にはルールがある。

 無軌道に敵国の人間を殺して回れば良いと言うものでは無い。


 ハーグ陸戦条約に言う交戦者の定義、宣戦布告、戦闘員や非戦闘員の定義、捕虜や傷病者の扱い、使用してはならない兵器や戦術、降服や休戦などの様々な規定は、今回はほとんど役に立たない。

 設定された相手が人ならざる宇宙怪獣だからだ。


 この度の戦争において厳守するべきルールがあるとしたら、それは『絶対に外部に秘密を漏らさない』事であった。


『敵は謎の宇宙怪獣』


 このスタイルだけは絶対に、それこそ『どの様な手段を用いてでも』守らなければならない、崩してはならない物であった。


 宇宙怪獣、いや『虫』を肉眼で視認してしまえば、それが宇宙怪獣などでは無く、見慣れた輝甲兵であるとすぐに露呈してしまう。


 従って戦闘行為は必ず『(輝甲兵パイロットを含む)人目に触れない』事が厳守された。

 パイロットは養成段階から虫を目視しない様に誘導され、また彼らはそれを盲目的に守ってきた。


 戦場は輝甲兵以外の者が存在しない空間が選ばれ、どこかの前哨基地の職員が間違って視認しない様に、細心の注意を以て選定された。


 また『虫は殺戮目的に人を襲い、悉くを焦土とする』という情報を与える事で、実際に襲われた町や基地など無くても軍人は出来るだけ自軍の基地から離れた場所で戦うべく、自分から勇んで出撃してくれた。


 この様に作られた状況の中で、国家間の武力衝突はまるでシミュレーション・ウォーゲームの如く演出されるようになった。



 また、どれだけ厳重に秘密を守ろうとしても、どこかで必ず綻びは生まれてしまうものだ。

 何かの拍子に虫を目視してしまった人物や、ごく少数の幽炉が稀に発する思念の言葉を聞いたパイロット等が発生した場合は、速やかに専門の処理斑によって強制入院処置や禁錮処置が成された。


 そしてその多くは病院や獄中で『病死』し、物言わぬ遺体となって家族の元へと帰る事になる。

 もちろん精神は幽炉の中身として、消費され尽くすまで当面は生き続けている訳であるが…。


 その処理班の先鋒とされたのが各国の輝甲兵メーカー(東亜では縞原重工)によって派遣される技術士である。


『技術士』とは輝甲兵(幽炉)の取り扱い免許を持つ整備員の総称である。

 彼らはその特異性も相俟って、技術者であると同時に諜報部員としての役割も兼ねていた。


 東亜を例に説明してみよう。


『幽炉絡みの整備は縞原重工の技術士にしか行えない』は定説であるが、これはその技法が門外不出なだけであり、その実やり方さえ知っていれば、工業高校の生徒でも該当する仕事は十分に出来るものだ。


 しかし、その事を知る者はそれこそ縞原重工の内部にしか居ない。つまり幽炉絡みの仕事は全て縞原の技術士が行う事になる。


 その中で「虫が輝甲兵に見えた」とか「幽霊の声が聞こえた」という声をいち早く拾えるのは縞原重工の技術士であった。

 もちろん全ての技術士が虫の正体や幽炉の仕組みを知っている訳ではない。

 むしろ縞原重工の技術士の中でも、その事を知らない人間の方が圧倒的に多い。

『自分が何をやっているのか知らない』まま、技術士達は淡々と告発を続けていたのだ。


 その上で彼らは、上記の『世界の禁忌タブー』に触れた者達を密告し、同じ縞原重工の更に暗部である処理班が『世界の秘密を守る』のだ。


 このシステムは輝甲兵の配備とほぼ同時に始まり、実に半世紀近い歴史を持っていた。


 当然口外できない秘密を共用している為に、輝甲兵メーカーと政府との癒着は強まり、莫大な資本がメーカーに流れ込む結果となった。

 それにより、コロニー内での新たな階級問題が発生しているのだが、本稿とは無関係な事柄である為に、敢えてそれには触れないでおく。



 輝甲兵の登場は、以前よりも柔軟性の高い作戦立案と戦術を可能とし、宇宙と地球を跨った作戦がより立てやすくなった。


 そこで地球連合政府が目を付けたのが『地球』であった。

 攻撃に対して脆弱なコロニーを戦禍から守る為、地球の回復度合いを人間の目で確かめる為、戦場に新たなフィールドを提供する為等々、色々な人間の思惑と利害が絡み合った新方針を発表した。


『地球回帰運動』『国土回復運動レコンキスタ』などと名付けられた政策の第一報は「近年人類を騒がせている『虫』は既に地球全土を征服しており、人類はこのいにしえの故郷を奪回せねばならない」であった。


 実はこのニュースにコロニーの人民は大いに湧いた。日々の娯楽に乏しい、空気にさえ税金を掛けられる窮屈なコロニー生活からの脱却を、地球連合政府が初めて示唆したからだ。


 世代を重ねて地球への回帰欲求などほとんど無くなっていたものの、いざ『地球に帰れる』となると人々は喜び勇んで新政策を支持した。


「地球にはきれいな空気が、存分に浴びられる程の水が、豊かな自然が、そして採りきれない程の資源がある。下賤で邪悪な虫から我らの地球を取り戻そう!」

 そう言われて興味をそそられない者は居なかった。


 そして多くの若者が「新たな地球の侵略者たる虫から地球を人類の手に取り戻す」べく軍へ入隊し、地球へと降りて行った。



 現在行われているのは地球回帰運動計画の一端で、『どの国がどの地域を治めるのか?』を決める陣取りゲームである。


 初期の地上拠点として大東亜連邦が極東、ソ大連がシベリアと中東、欧州帝国が欧州、全米連合が北米を得て、『ルールに従い』『虫を駆逐すべく』限定的で散発的な戦いをこれより何十年も繰り返す事になる。


 ちなみにソ大連だけ初期配置が2箇所なのは、大地ポーチヴァの権利と引き換えに東亜連邦が譲歩した結果である。

 この件に際し、欧州帝国と全米連合は口を出さなかった。両国とも南米大陸とアフリカ大陸という無主地がすぐ隣にあった為に、実質的に2箇所スタート出来る立場にあったからだ。


 そして約50年後の今、人類同士の争いが地上で密かに激化する中、新たな第5の勢力の火種が宇宙に撒かれたのである……。


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 〜再び作者より

 稚拙な仕掛けにお付き合い頂きありがとう御座いました。

 新章は舞台に宇宙に変えて、政治的な思惑も絡みつつ進行してまいります。


 ご期待下さい!

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