第14話 混沌の目覚め:前編

「よっこらせっと。またおじゃましますよぉ」


 昨日に引き続き高橋が俺に乗り込んできた。端末を俺に接続し「71ナナヒトくんの調子はどう?」と聞いてくる。今度は高橋の端末の内蔵カメラを通して俺からも高橋の顔が見える様にしてあるようだ。


《俺は別にいつも通りだよ。それより鈴代ちゃんの方がダメージがあるんじゃないかな?》


 こう見えても心配はしているのだ。本人が知ったら調子に乗るから言わないけどな。


「鈴代ちゃんなら大丈夫じゃないかな? さっき香奈ちゃんとかと笑ってたし」


 高橋の端末に映る俺の思考に対して言葉を返す高橋。傍目には画面を前にブツブツ独り言を言っているアブナイ女にしか見えない。


 しかしまあ仲間と笑えているなら良しとするか。俺と鈴代ちゃん、1対1だと何故かいつも喧嘩になってしまう。まぁ大体はあの女が素直じゃないのが悪いんだけどな。


《そんで鈴代ちゃんから聞いてると思うけど、あの円盤頭の事なんだが…》


「…うん、キミが聞いたと思われるノイズをアンジェラちゃんも捉えててね。それが切っ掛けになったかどうかは分からないけど、丙型の幽炉が『眠りっぱなし』から『寝ぼけている』程度の状態にまではなったんだ」


《ほほー、そう言えば円盤頭の幽炉も純粋な一人ピュアワンらしいな。やっぱりピュアワンじゃないと意識は戻せないのか?》


 軽く握った拳を口に当てて高橋はしばし考える。


「…まぁ精神の話だから、一概には言えないけど、かなり難しいと思う。昨日も言った通り、幽炉の中には通常2人、乃至3人の魂が内包されている訳だけど、1つの器に何人もの意識が有っても、混ざり合って混濁しちゃうんだよね。だからピュアワン以外で個人の意識がずっと表に出てくる事は確率的にまず無い、って言えると思う」


 そうなのか。俺みたいな境遇の奴らで団結できれば組合活動みたいな真似事も出来ると思ったがさすがに甘かったか……。


「ボク自身、存在がレアなピュアワンの調査が出来ているのは、まだキミで4基目なんだよ。だからまだまだ母数が足りなくて統計的な数字を出せる段階じゃ無いんだ、それはゴメン」


《別に謝ることじゃないさ。で、結局あのノイズは何だったんだ? 昨日の虫との戦闘では撃墜された機体もあったけど、俺は何も感じなかった。ピュアワンだから出たのか? それとも別の理由が…?》


「…タイミング的に丙型の幽炉の『痛みの叫び』だろうね。何か機械的な仕組みの可能性もあるけど、他の機器では一切感知されてないんだ。キミとアンジェラちゃんにだけ聞こえたって事は、ボクらの知らない何か幽炉間の通信手段の様な物が有るかも知れない。それを解明して解析できればまたボクの名声が上がってしまうかもね…」


 高橋がまだ見ぬ栄誉に浸って1人でニヤニヤしている。気持ち悪いぞ。


「ま、現段階の結論としては『よく分かんない』としか言えないんだよね。後でそのノイズの感覚をアンジェラちゃんと話しあってみて。…それとあとちょっとこれは野次馬根性で聞くんだけど、キミって輝甲兵の操作が出来たりするの?」


《何だいきなり? 昨日鈴代ちゃん監督のもとで、ちょっとだけ歩く練習とかさせてもらったけど?》


 高橋は興味深げに目を輝かせる。


「へぇー、キミも動かせるんだ? 凄いんだねぇ。なるほど、そう言う事ね…」


 高橋が1人で納得している。何だ? こういうのは凄く気持ち悪いぞ。


《何だよ? 気になる態度取るなよ。気ぃ悪くすっぞ?》


「いやぁ、昨日鈴代ちゃんからキミの改装提案書が出たって丑尾さんから聞いたからさ。『これどう思います?』って相談されたんだよね」


 ウシオさんって誰やねん? しかし……。


《おぉ! 俺ちゃん始まって2日目でいきなりパワーアップ回来ちゃった? 改装って何? ひょっとして目からビーム出せたりとかしちゃう?》


「は?」


 高橋の表情が一気に冷たくなる。


「何言ってんの? 馬鹿じゃないの? 『目』って言うのは『光を取り入れる所』であって出す所じゃ無いんだよ? よしんばビーム出せても、その光を瞼で防御できなければ、目の網膜は灼けて使い物にならなくなるし、熱を出すなら尚更目が灼けて失明確実なんだからね? 目からビームなんて馬鹿の考える事。目はもっと大事にしなきゃダメだよ、そんな事も分からないの?!」


 なんかエラい食いついてきて怒られた。何でたかが小粋なロボジョークでここまでムキになるのだろうか? この女、過去に目ビームに何かトラウマでもあるのか?


「ふう… 改装の事は聞いてないのね、ならボクから何か言う事は無いかな? とりあえず『頭悪そうな提案書だね』って答えておいたけど、今日の話を聞く限りそこまで酷くは無いのかも知れないね。詳しくは鈴代ちゃんから聞くといいよ」


 イタズラ心満載で笑う高橋が憎たらしい。


 速攻で鈴代ちゃんに『俺の改装って何するんだ?』とメールしておく。

 後ほど返ってきたメールを見たんだが、鈴代ちゃんからの返答は一言、


『ひ み つ』


 だそうだ。うん、可愛いんだけど何かムカつくから、今度会ったら折檻してやろうと思いました。


《そうだ! そう言えばお前昨日真柄まがらがどうとかいってたよな? お前と真柄はどういう関係なんだ? どういう仕組みで俺の考えを読んだり幽炉に閉じ込めたりしたんだ?》


 高橋は一瞬不思議そうな顔をする。


「あれ? 言ってなかったっけ? 『真柄ちゃん』のパーソナルデザインはボクが担当したんだよ。その際にバックドアを仕込ませてもらってね、新人さんのデータをボクの端末に送らせていたんだ」


《…色々納得したぜ。あの真柄の腹の立つ性格はお前の仕込みか》


「いやぁ、それ程でも…」


 頭を掻く高橋、褒めてねえよ。


「魂を幽炉に出し入れする技術は、縞原重工でも技術部の、しかも役員しか知らないんだ。ボクは真柄ちゃんを通じて色々覗けるけど、所属は販売部のカスタマーサービスだったりするから、幽炉理論は専門だけど技術的な事はイマイチ…」


 あー、まぁ考えてみれば幽炉の残量回復とかはそういう分野の仕事になるのかもなぁ……。


「大体察しはついてるだろうけど、ボクの仕事は昨日まで何の成果も挙げられ無くってね、ホント冷や飯食いもいいところだったんだよ。いやぁ、これで本国に帰ってあの嫌みったらしい部長に仕返し出来ると思ったらキミには感謝してもしきれないね!」


 …うーん、昨日のアンジェラもそうだけど、こいつも大概面倒な闇を抱えていそうで大変なんだな… 同情はしないけど。


「真柄ちゃんが心を読んで会話をするのも、昨日ボクがやった事と一緒だよ。相手の意識探査の深淵レベルを深めればその位はオチャノコサイサイってね」


《え? あれは幽炉だから出来る事じゃなかったのか? 生身の人間でも出来るのか?》


「んー、って言うかキミの体はまだキミの世界に有るからね? 真柄ちゃんに会った時点で魂が抜かれて箱に詰められている状態だったんだよ」


《なんだと? つまり魂だけこの世界に連れて来られたって事か?》


「まぁ、そういう事。もし仮にキミが任務をこなして… この場合『生き延びる』って事ね、退役って事になったら君の魂は晴れて元の世界に戻れる、って訳さ」


 なるほど、分からん。


《退役…?》


「幽炉って残量が10%を割り込んだらメーカー返却されるんだ。その位になると幽炉から魂の根っ子? みたいな物を取り出せる様になってね、その時に幽炉から出して元の世界に帰して上げてるんだ」


 へぇ、ゼロで返却じゃないんだ? まぁ考えればゼロになったら機体が動けなくなるんだから、その前に手を打つわな。


《死ぬんじゃなくて元の世界に帰れるのか? て言うか幽炉から出せるなら出せよコラ》


「それが出来るのも技術部の一部の人間だけだし、この基地にはその為の設備も無いし、ボクも理屈で知ってるだけだから実際には…」


《むー…》


「記憶にバイアスを掛けて戻すから、ここでの記憶はぼんやりとしか残らないし、ここで何ヶ月過ごしても、時間は契約した時点に戻されるから多分『派手な夢を見た』程度の認識で日常に帰るんだよ。尤も魂の残量が減少した状態で戻されるから、戻っても残りの寿命は長くて数年だろうけどね…」


《改めて考えると非道い話だな》


 言いつつもバロッチとの約束はまだ果たせそうな事と、再び親の顔を見られそうな事には安心していた。

 帰ってからの残り寿命が短いなら、その分親孝行してやらないとな……。


「…そうだね、でも現状それしか帰る手段は無いんだよ。縞原重工の言い分は『ちゃんと相手の同意を得ている』だし」


《は? ふざけんなよ、夢の中での約束なんて詐欺もいい所だろ》


「『それでも』さ。まぁ、縞原の人間として心苦しい部分もあるけど、個人的には『この世界に居る間は、少しでも楽しく生きて欲しい』と思っているんだよ。 …キミは元の世界に帰りたいかい…?」


 寂しそうな顔で聞いてくる高橋、


《んー、まぁ『帰りたくない』と言えば嘘になるけど、この世界はこの世界で良い所もあるからな。元の世界に帰った所でまた自堕落なネトゲ生活に戻るだけだし…》


「でしょ? 虫を1匹斃せばそれだけ命が助かる人間が居るんだ。キミは間違いなく尊い仕事をしているって事は覚えておいて。真柄ちゃんが『英雄になれる』って言ってたと思うけど、それもあながち嘘じゃないんだからね?」


《むー、何かまた上手く乗せられてるだけな気もするけどな》


「あはは、正直乗せようとしている面も否定しないよ。でもキミがこの殺伐とした世界で生きる希望を持ってくれれば一番嬉しいかな?」


 ちくしょう、良い笑顔で笑うじゃねーか。しょーがない、もう少し乗せられてやるかな?


「それで本題なんだけど、今日はキミにお願いがあってきたんだよ。丙型の幽炉の目覚めに協力して欲しいんだ」


 丙型ってあの円盤頭の事だよな?


《俺は構わないけど、協力って何をすれば良いんだ? それに長谷川さんや鈴代ちゃんは知ってるのか?》


「2人には後から説明するから大丈夫。うまく行けば世紀の快挙だし、失敗しても何も変わらないだけだから」


 おいこの女、功績を焦ってまた暴走しようとしてないだろうな? 手伝うのはやぶさかじゃないが、厄介事は御免だぜ?


《すげー不安なんですけど…? んで、何をすれば良いって?》


「香奈ちゃんに頼んでここに丙型を持ってくるから、幽炉同士で接続して向こうの幽炉に語りかけて欲しいんだ」


 なるほど、分からん。


「丙型にアンジェラちゃんのコピーを残してきたから、向こうのアンジェラちゃんとこちらのアンジェラちゃん同士を繋げるのさ。そうすれば彼女が掛け橋になって意識こえのやり取りが出来るようになるはずなんだ」


《危険は無いのか? それこそ魂が交じり合うような…》


「アンジェラちゃんがフィルターになってくれるから『無いはず』、としか今は言えないな…」


 大丈夫かよ…?


「んじゃ良い感じで不安を煽ったところで、そろそろアンジェラちゃん行っとく?」


《お、おう、最悪のタイミングでぶっ込んで来るよな》


「んじゃあ『前略ポチッとな!』 ボクは香奈ちゃん呼んでくるから、それまでどうぞご歓談をお楽しみ下さい」


 そう残して高橋は俺のコクピットから出て行った。


 昨日と同様にアンジェラが現れる。「最悪のタイミングで済みません…」と悲しそうに俯いている。


《あ、聞こえてたの? いや、そういう意味じゃなくてさ、君が悪いって意味じゃないからね?》


 今日も俺のフォローからカウンセリング(?)が始まった。


「シナモン博士からお聞きになったと思いますが、本日は24フタヨン式丙型の幽炉の覚醒実験にお付き合い頂きます」


《そう言えば君もあの円盤頭の悲鳴を聞いたんだって?》


「『悲鳴』とはまた随分風流と言うか詩的な表現ですね。そういうの嫌いじゃないです」


《俺は視界が真っ白になるくらい激しいノイズに感じた。そっちもそんな感じ?》


「いえ、私には『何か変なの来た』程度にしか感じませんでした。私には幽炉は搭載されていませんから、それが理由でしょうかね?」


《高橋は『幽炉同士の連絡手段』みたいな存在を指摘していたけど、本当にそんな物があって、例えば他の幽炉の人達にもあの悲鳴が聞こえていたと思うか?》


「他の幽炉、ですか…? 私には何とも… ただ、これから行う覚醒の為の接続実験は、その答えに一歩近づく行為だとは思いますよ」


 謎を解明する為にも色々やってみなくちゃダメだって事だな。


《それは良いけど、今日は『治癒ヒール~』ってやらないの?》


 アンジェラは頬を赤らめて手で顔を隠す。


「あまり言わないで下さい。自分でも恥ずかしいんですから…」


《そうなのか? 俺あの治癒ヒール~って結構気に入ってたんだけど?》


 アンジェラはムッとした様に唇を尖らせ、照れた顔でそっぽを向く。


71ナナヒトさんて意地悪ですよねっ」


 そんな拗ねる様が妙に可愛らしい。そういう風に高橋に作られたのは分かっているが、高橋や鈴代ちゃんの様にクセのある女達じゃなくて、『如何にも正統派ヒロインでございます』という体に清々しさすら覚えてしまう。


 そう、ヒロインなんて変にキャラを立てる必要は無いんだよ。こんな感じで隣でニコニコしてくれていれば男は頑張れる物なんだよ!(個人の感想です)


 そうやってヒロイン然とした少女と戯れる事が俺の癒やしとなり、ストレス解消になっているのであれば、高橋かアンジェラかの作戦が大当たりしている事になる。

 結局俺は乗せられてナンボの安い男なんだなぁ、と今更ながらに痛感する。


《ゴメンゴメン、俺は可愛い娘には素直になれない病気なんだよ》


「そんな病気はありません! …それに私は可愛くなんて無いですよ…」


《いやいや、君は可愛いって! 少なくとも高橋よりはずっと素直で可愛いよ?》


 後ろを振り返り、何かを確認する様な仕草を見せるアンジェラ。

 口元に指を立て「そんな事を言うもんじゃ無いですよ」とたしなめられた。

『高橋より可愛い』ってのは否定しないんだな……。


「…実は種明かしをしてしまうと、私の治癒ヒールは幽炉に多幸感を引き起こす作用のウイルスを少量送り込んでいるだけなので… あ、ウイルスは速攻で自滅するタイプなのでご安心を。人間で言う軽いお酒みたいな感じです。…それで一時的にブーストして数字を誤魔化しているだけなんです。こんな小手先の小細工に引っかかるのは余程単純な精神構造をされている方くらいでしょうから…」


 えっと……。


《昨日残量回復してます… 単純な精神構造でスンマセン…》


「え? 71ナナヒトさんに効果あったんですか? 一時的にじゃなくて今でも?」


《ええ…》


 アンジェラの額に冷や汗が光る。


「…あー、えっと、じゃあ今日はこの辺で。また丙型がこちらに来たらおじゃましますので」 


 そう言って会釈してそそくさと逃げ出した。おい、どうなってんだよこれ?


 憤懣ふんまんやる方ない気分で待つこと数分、巨大ロボの質量を思わせる地響きを鳴らしながら円盤頭がやって来た。その足元には高橋が立っていた。


「これでいいかい姉さん? あたしは鈴代の仕事を手伝わないといけないから、あまり時間がかかる様なら降りるけど?」


 円盤頭の外部スピーカーからさっきも聞いた『かなさん』の声がした。鈴代ちゃんの宿題を手伝ってくれているのか? 良い人なんだな。


「いや多分大丈夫。すぐに終わると思うよ」


 そう答えつつ再び俺に乗り込んでくる高橋。


「そのまま3071サンマルナナヒトの肩にでも触れてもらえるかな?」


 高橋の指示に従い、俺の肩にペイント弾のピンク色でまばらに汚れたままの右手を置く円盤頭。


「しばらくそのままで… よし、んじゃダブルアンジェラちゃんの同期を始めるよ」


 その言葉を受けて先程遁走したアンジェラが再出現する。

「お久しぶりです71ナナヒトさん。本日は24フタヨン式丙型の幽炉の覚醒実験にお付き合い頂きます」


《おい、さっきのやり取りを無かった事にするなよ》


 俺から目を逸らし「何の事でしょうか?」としらばっくれるアンジェラ。非実在嫁からすら裏切られる俺って可哀想。

 もう泣いていいかな…?


《…まぁいいや、んで、俺は何をすれば良いの?》


「少々お待ち下さい…」


 アンジェラの胸に見えないドリルが捩じ込まれていく様に、螺旋形に穴が穿たれていく。傍目には痛そうな場面だがアンジェラは平然としていた。


 やがて穴が開ききったのか、アンジェラの胸から反対側の光景が見える様になる。夕暮れ時の様なオレンジがかった何も無い平原が在った。

 向こうの機体と繋がった、と言う事だろう。


「…この穴の奥が丙型の心の中です。何か見えますか?」


《何かって言ったって、夕暮れの野っぱらしか… うん…?》


 遠くの野原の地面に何か棒状の影が見えた。よく見ると人型をしている。探偵漫画の犯人みたいな黒づくめの服装で仰向けに横たわっている様だ。


 距離は体感にして25~30メートルぐらいだろうか? 辺りが夕暮れ時なのもあって、この距離では人相風体は把握できない。


 CGとは言え、女の子の胸に顔を近づけて目を見開いている自分をイメージして少し恥ずかしくなる。


《えっと、なんか… 誰か寝てるっぽい…》


「その人がきっと丙型の幽炉さんです。どうか71ナナヒトさんから声を掛けて上げてもらえますか?」


《ここから? 結構な大声出さないと向こうには聞こえないと思うよ?》


「ええ、私は耳を塞いでいますからどうぞ大声でお願いします」


 そう言ってアンジェラは耳を塞ぐポーズをする。うーむ、大変そうだが引き受けてしまった以上はやるしかないな。


《おーい! そこのアンター! 俺の声が聞こえるかーっ!》


 …反応は無い。この距離でこの声なら聞こえてはいると思うのだが…。


《おーい! そんな所で寝てたら風邪ひくぞーっ?》


 今度は反応があった。奴は仰向けから体を回転し横向きの体勢になったのだ。…こちらに背を向けて。


 完全に拒絶されてないかこれ?


《なぁアンジェラ、なんか露骨に拒否されている気がするんだが…?》


「そんなはずは無いです。そこまでの意識レベルは観測できていません」


 本当かよ? あいつこちらに背を向けたまま尻をポリポリ掻いてるぞ?


《おーい、アンタ! 聞こえているんだろ? 頼むよ、何か答えてくれないか?》


 動きがあった。奴は尻を掻くのをやめた、以上。

 …段々腹が立ってきた。


《オイコラ! 無視シカトすんな! 終いには怒るぞ?!》


 動きは無い。もう止めて良いかな…?

 もう自棄ヤケだ。


《へ、ヘーイ彼女~! 俺と渋谷で遊ばないか~い?》


 …………もうヤダ、死にたい。


「っ?! 71ナナヒトさん、来ました!」


 え? 何が?

 俺は相手を見やる。犯人の人が起き上がってこちらに向かってきたのだ。

 距離が近づく度に少しずつ相手の影も色を薄め、徐々に服や髪型の輪郭が現れてくる。


 穴から覗いたその人物とは、身長は鈴代ちゃんと同じくらい。フワフワに盛り付けた茶髪と、膝上よりも股下から測った方が近いミニスカートと、ダボダボのルーズソックスを揺らして歩み寄る女の子だった。


 日焼けして浅黒い肌にこれまた盛り盛りの化粧をし、『どこの部族の方ですか?』としかツッコミようの無い顔を破顔させて彼女は言った。


「渋谷に連れてってくれるの?! あのねー、あーし109マルキューに行きたいお店があるんだけどぉー?」


「丙型の幽炉、覚醒確認です!」

 …アンジェラの声がとても遠くに聞こえる。


 円盤頭の幽炉の中の人は… ギャルでした……。

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