第13話 あとかたづけ

~鈴代視点


《後ろだ!》


 71ナナヒトの声に体が反射的に動いた。

 私の後ろ回し蹴りは見事に香奈さんの丙型の首を捉えた。重い感触と確かな手応えが夢では無い事を大きく主張する。

 丙型の動きが止まる、そのまま力無く重力に引かれて落下を始める丙型。


 私が… 香奈さんに… 勝った…?

 気持ちと体が徐々に現実に追い付いてきた。目に涙が溢れ出す。


 丙型を助け起こし、接触通信で「大丈夫ですか?」と香奈さんの安否を確かめる。


「…鈴代、すげーな。一瞬意識飛んだわ、丙型もしばらくダメだね」 


 そっかぁ、丙型もかなり損傷して… って、えっ?!


 試合終了のブザーが鳴る。その直後に『鈴代少尉の反則行為により仲村渠少尉の優勝です』というアナウンスが続く……。

 そりゃそうだよね…。


「あは、あはははは… 最後蹴っちゃったもんね、あれじゃダメだよね…」


 また負けちゃったよ… 勝ったと錯覚しちゃったよ… そして壊しちゃいけない丙型壊しちゃったよ……。


 悔しさ、虚しさ、悲しさ、申し訳無さ、そして全てを出し切った満足感と達成感… 様々な感情が入り混じり、私もどんな顔をして良いのかすら分からない。今ただ一つ言える事は『涙が止まらない』という事だ。


《…勝負に勝って試合に負けた、って奴だな…》


 71ナナヒトがまとめに入る。何よ、女の子が泣いてるんだからもう少し私を気遣って優しい言葉の一つでも掛けなさいよ。


 …尤も今の私は何を言われても彼に噛み付いて、無理矢理立ち上げた怒りの感情を彼にぶつけてしまうだろう。

 そうして大きな感情で上書きしないと、私の中の色々な感情のうねりがあらぬ方向へと暴走してしまいそうになって怖かったのだ。


 …でも一つだけ確かな事がある。私は気持ちを落ち着かせる為に大きく息を吸った。


「…貴方が『後ろだ』って教えてくれたから、私は香奈さんを捉える事が出来た。あれが無かったら普通に後ろに回りこまれて負けてたわ。ここまで頑張れたのは71ナナヒト、貴方のお陰よ…」


 口に出す事で意識を引き込む、先程まで混沌と渦巻いていた私の気持ちは『71ナナヒトへの感謝』として昇華されていく……。


《え? そう? んじゃあ今までの失礼な態度を謝ってもらって、今後も色々サービスしてもらおうかな?》


 わけ無いわよね! こんなポンコツに感謝とかありえないから!


「そうね、お礼に僻地に行って3時間くらい幽炉開放してあげようかしら?」


《なんでだよ?! なんでそんなナチュラルに『死ね』って言えちゃうの? 非道くない?》


「うるさい。うるさいですよ71ナナヒトさん、それに失礼な態度は断然貴方の方が多いんですからね」


《よーし、そろそろお互いにどっちが上かハッキリさせる時が来たようだな!》


 何よそれ、どうするつもりなのよ?

 と言い返そうとした所で、長谷川大尉から中隊全体への通信があった。


「長谷川だ。みんな模擬戦ご苦労だった。そこそこ財布も潤ったから参加者全員、俺が奢ってやるぞ! …あぁ、あと貴重な24フタヨン式丙型を壊した鈴代は罰ゲームな。明日1日使って他の機体の掃除をする事。以上!」


 あぅぅ… ペイント弾の塗料って落ちにくいのに、ペンキで汚れていない71ナナヒトと渡辺中尉の機体以外の5機全てを私が掃除するんですかぁ?


 一瞬71ナナヒトを使って雑巾がけをさせれば、一度に広範囲を拭けるのではないか? と考えたが、71ナナヒトが単独行動出来るのは秘密だったのを思い出す。ホントあのポンコツ、使えない!


 でも71ナナヒトとケンカしたお陰で涙は止まった。個人的かつ無理矢理な気分転換に付き合わせたのは悪かったと思うけど、先に挑発してきたのは71ナナヒトからだからね。やっぱり私は悪く無い。



 機体を格納庫ハンガーに戻し定位置に固定する。これからの清掃作業を考えると気が重いが仕方ない。嫌な事はさっさと済ませてしまおう。


 おっと、降りる前に気になっていた事があった。

「…そう言えばさっき香奈さんに聞きたい事があるとか言ってたけど何? セクハラな事じゃ無ければ代わりに聞いてあげるけど?」


 一拍間が空く。


《あー、それな。うーん、どうしたもんかなぁ…》


「何なのよさっきからグズグズ言って男らしくない。聞くの? 聞かないの?」


《さっきは決勝戦の前だったから、集中出来る様に気を遣ってやってたんだよ! 察しろよ女らしくない… あの長谷川さんと円盤頭の試合で、円盤頭が腕を切り離しただろ?》


 言うに事欠いて女らしくないとかカチンと来たけど、話が進まないから一旦飲み込んでおいてあげる。


「…ええ、それが何か?」


《その時にあの円盤頭から『痛い!』っていう激しい思考ノイズが飛んできて、俺は一瞬ホワイトアウトしたんだよ。昨日の戦闘では他の機体が損傷してもそんな事を感じなかったから、あの円盤頭も何か特別な事情があるのかな? って。パイロットとして一緒にいた人なら何か分かるかな? って思ったんだよ…》


 そう言えばその『特別な事情』には心当たりがあるような……。


「今朝聞いたんだけど、香奈さんの機体の幽炉もピュアワンだって言ってたわ。それ関連じゃないかしら?」


《へぇ、そうなのか? だとしたらパイロットじゃなくて高橋に聞く方が良いのかもな? なぁ後で高橋に俺の所に来るように伝えてもらってもいいかな?》


「イヤよ」


《何でだよ?! 意地悪か? 意地悪なのか? それなら俺にも考えが…》


「呼ばなくてもすぐ足元に居るもの」


《うん…? お、おう…》


 高橋大尉が足元で嬉しそうに手を振っていた。


「おかえり、試合見てたよ。惜しかったねぇ」


 機体から降りた私を迎える高橋大尉。どんな顔をすれば良いのか迷う。


「鈴代ちゃんが泣いてたら慰めて上げようかと思ったんだけど、大丈夫っぽい?」


 あら、意外と優しいんですね高橋大尉は。微笑んで「はい、大丈夫です」とだけ返す事が出来た。それよりも……。


「…高橋大尉、丁度良かったです。71が聞きたい事があると…」


 私の言葉に大尉は興味深げに口角を上げる。


「それはひょっとして丙型の話かな?」


「ええ、何でも変なノイズを受けたとかで…」


「ふむふむ、多分同じ物をうちのアンジェラちゃんも受け取っててね、今アンジェラちゃんに丙型の様子を調べてもらってるんだ。ボクは端末が無いと71ナナヒトくんとは話せないから後でまた来るよ」


 そう言って丙型の方へ歩いて行く高橋大尉。


 不意に知らない番号から通信が入る。端末には文章通信メールのサイン、差出人名は『イケメンロボ』。

 なんだこれ?


《おい、高橋行っちゃったぞ? どうなってんだよ?》


 うん? この慇懃無礼な口調は71ナナヒトなのかな?


「私の知り合いにはイケメンロボなどという人はいません。宛先間違いではありませんか?」


 とりあえずこう返す。万が一外部からの混線や工作と言う可能性もあるのだ。まぁ私物ではなく官給品の通信端末に、私のIDにピンポイントでメールを送ってこられるのは極々限られた人員だけなので大丈夫とは思うが……。


《だーから71ナナヒトとか直接書いたら、見られたくない人に見られたらヤバイだろ? 気ぃ遣ってやってんだからな! あと通話モードにしてるから返事は音声でいいぞ》


 ふむ、本当に71ナナヒトからで間違い無さそうね。私は端末を顔に近づけて口を開いた。


「何の打ち合わせもなくいきなりイケメンロボじゃ分かるわけ無いじゃない。とりあえずこれで貴方とは接続しなくても普通に話せるようになったわね。あと高橋大尉は先に香奈さんの丙型を見て来るそうなので、貴方はその後ですって。分かった?」


《あー、そう言う事ね。んじゃそれまで待機してるよ》


 返事の言葉は文章だった。まぁ今の彼には発声器官が無いのだから声で返すのは不可能なのは仕方ない。


 しかしこれにより搭乗していない時でも、私は71ナナヒトの面倒を見なければならなくなった訳だ。加えてその内容を長谷川大尉に転送する手間も発生する。

 やる事ばかりが増えて、手が足りなければ気持ちも追い付かない。『はぁ』と大きく溜め息をついた。


 ☆


「すーずっしろっ!」


 後ろからいきなり誰かに抱き着かれた。全く予想外の事柄に思わず『キャッ!』と声を上げてしまう。

 振り向くとそこに居たのは香奈さんと長谷川大尉だった。


「勝った試合を負けにされて落ち込んでるんじゃないかと思って見に来たんだよ。あたしが認める、あれは誰が何て言おうとアンタの勝ちだからね。この無敗の香奈さんに勝ったんだから、もっとちゃんと胸張りな!」


 そう言って香奈さんが私の背中をドンと叩く。


「まぁ試合内容はともかく、模擬戦でマジ蹴り入れといて無罪放免って訳にはいかんのよ。そんな訳で掃除よろしくな。働いた以上に食っていいからさ。無い胸を張る為にも食わないとだろ?」


 長谷川大尉もにこやかに言う。殴りたい、この笑顔。


「そんで隊長に頼んであたしも一緒に掃除手伝う事にしたから。さっさと終わらせてこのボケ隊長を破産させてやろうぜ!」


「え…? ねぇねえ仲村渠さん、それ冗談だよね? お前にバカ食いされると俺マジで給料無くなるんですけど…?」


 長谷川大尉が顔を青くして抗議する。『参加者全員に奢る』と言ったのは大尉だ。日本軍人に二言は無い筈です、ご愁傷さま。


「でも良かったんですか? 香奈さんの機体のそばに居なくて…」


 手に持ったモップに溶剤を浸けて長谷川大尉の3008サンマルマルハチの腹を擦りながら香奈さんに聞く。


「んー、丙型は今、田宮さんとシナモン姉さんが見てくれているから、あたしが居ても邪魔にしかならないんだよね。1人でボーッとしててもつまらないしさ」


 暇潰しでも何でもこの重労働を手伝ってくれるのは本当に助かっている。1人でやっていたら冗談抜きで明日1日潰れていただろう。


「…田宮さんですか… 私あの人ちょっと苦手です…」


「わかる、なんか怖いんだよな」


「変に壊した機体を持って行ったら呪われそうで…」


「あはははは、ありそうー」


 他愛も無い会話とともに作業を進めていく。



 中隊長である長谷川大尉機の次は小隊長の武藤中尉の機体だ。赤く塗られた武藤中尉機の前ではモップを持った小柄な少女が、機体の顔面の高い所に貼り付いた塗料を相手に悪戦苦闘していた。この人が武藤舞子まいこ中尉だ。


 武藤中尉は声だけ聞いてると女丈夫なイメージだが、実際は身長140cmを少し越える位の小柄な女性だ。年齢は20代半ばなはずだが、しかめっ面をしていない時の顔つきは幼く可愛らしい。一見中学生くらいに見える。


 ただ本人は自身の小柄な体が嫌いで、子供の頃からからかってくる男子相手に喧嘩三昧の日々だったらしい。それが高じて今では立派な小隊長様と言う訳だ。


「…なんだ鈴代と仲村渠か。敗者の私を笑いに来たのか?」


 役に立たないモップを肩に担ぎ、不機嫌そうに口を開く武藤中尉。やっぱり嫌われてるなぁ、体が強張ってしまう。


「罰ゲームで忙しい鈴代がそんな暇あるわけ無いじゃんか中尉。機体のお掃除を手伝いに来たんですよ」


 固まってしまった私に代わり香奈さんが武藤中尉に説明してくれた。

 私一人だったら「済みませんでした」と踵を返していただろう。香奈さんに感謝。


「それなら不要だ。自分の機体は自分で掃除…」


 武藤中尉はモップを持ち腕を伸ばすが、高い部分に手が届かない。第三者が見ればとても和む光景なのだろうが、今の状況では胃が痛いだけだ。


 届かない部分にモップを当てて擦りだす長身の香奈さん。


「出来てないからうちらがやるっスよ。中尉はお茶でも飲んでて下さい」


 香奈さんの言葉に不満気ながらも身を引く武藤中尉、私達の後ろに立ち、作業を監督する様に黙って見つめてくる。ナニコレ凄く怖いよぉ。


 その状態が数分続く。武藤中尉の視線が気になって作業に全然身が入らない。


「ねぇ、鈴代…」


「は、はいっ!?」


 武藤中尉の言葉に過剰に反応してしまう。


「やっぱりアンタ強いよね… あんだけ啖呵切ってまさかの秒殺なんてさ…」


「そんな… 勝負は時の運です。たまたま私の弾が当たっただけで…」


 私の言葉に武藤中尉は「はっ」と鼻で笑う。


「仲村渠が言うならともかく、バラマキ銃で1発しか撃ってないお前が『たまたま』とか嫌味でしか無いよ」


「そうだぞ鈴代! …ってそれどういう意味スか中尉?!」


 香奈さんの抗議を無視する武藤中尉。


「お前のそういう所は嫌いだぞ鈴代少尉。たまたまでも何でも勝った奴が正義だ。それが軍人だ、忘れるな」


「はい…」


 武藤中尉の微笑みが今は優しく感じる。


「今日は完敗だったけど、次はそう簡単にはいかないよ。覚悟しておきなさい鈴代」


「ちょっと待ったぁ! 鈴代にリベンジするのは、まずはこのあたしなので中尉は次の機会でオナシャス!」


 武藤中尉は割り込んだ香奈さんを一瞥して、


「断る。まずはお前から血祭りに上げる必要がありそうだな…」


「お? 望むところっスよぉ…?」


 そして笑いながら睨み合う2人(身長差約40センチ)何この展開…?


「あ、あの、2人とも落ち着きましょう! 私達は仲間ですよ? 友軍ですよ?」


 慌てる私を見て、香奈さんと武藤中尉、2人同時に大笑いする。え? どういう事?


「鈴代、お前は可愛いな」


「そうなんですよ、ギュッてしたくなるでしょ?」


 あれ? 仲直りしてる? もしかして2人掛かりで騙してきた?


「なんですか? お芝居ですか? 本気で喧嘩始めるんじゃないかと心配したじゃないですか!」


 怒り半分恥ずかしさ半分で顔を赤らめながら抗議する私に、更に大笑いする2人。


「…あー可笑しい。…2人は高い所をやっててくれるか? 私は飲み物でも買ってこよう」


「「了解!」」


 私も武藤中尉とは仲直り出来た… のかな?



「おーい、キミ達。今話せるかな?」


 香奈さんと合流して小一時間ほど経った頃か、武藤中尉機の清掃を終わらせた辺りで高橋大尉がやって来た。


「お? 姉さんだ。何か分かったのかい?」 


 香奈さんが答える。わざわざ『キミ達』と言ってきたのは、私達2人共に用があるんだろう。


「まず丙型の修理の方は、田宮さんのおかげで部品の交換だけで済みそうだよ。田宮さんって凄腕だね。幽炉とスペクトナイトを繋ぐ、あのクロスステッチみたいに細かい輝甲兵の神経網を手作業で直せるなんてさ。『自然回復だと時間もかかるし幽炉に負担もかかるんで…』なんて言っちゃってカッコイイよね! いやぁ久々に『職人芸』ってのを見させてもらったよ!」


「へえ、田宮さんってそんな人なんだ? 意外だな。何となく丑尾さんの方が腕が良いと思ってたよ」


 香奈さんが答える。田宮さんには申し訳無いが私も同意見だった。


「丑尾さんはねぇ… メカマンとしては優秀なんだけど、幽炉の扱いはちょっと荒いんだよねぇ。『精密機器を叩いて直そうとする』タイプの人なんだよ」


 へぇ、あの紳士然とした丑尾さんが実はそんなキャラだったとはこれまた意外な。


「…おっと、そんな事を言いに来たんじゃないんだよ。丙型の幽炉に意識が戻りつつあるんだ」


「マジか?! 輝甲兵と話しが出来たりするのか?」


 香奈さんが乗り出す。興奮が抑えられない様子だ。


「あ、いや、それはまだなんだ。アンジェラちゃんが探る限りは『眠い』と『痛い』を交互に繰り返し呟いている『呟く人ツイッター』状態だね」


「え? 『眠い』はともかく『痛い』って、もしかして…」


 香奈さんが絶句する。


「準決勝で腕をパージした事か、決勝戦での決まり手のキックかのどちらかじゃないかな…?」


 71ナナヒトはノイズを受けたのは腕の方だと言っていたが、私の蹴りも痛くなかったはずが無い。


「あたしは何も感じなかった… 勝負にかこつけて丙型に酷い事を…」


 香奈さんが顔を青くして立ち尽くす。そして私の方を向き、


「ごめん鈴代、あたしちょっと丙型に謝ってくる。後でまた来るからその間1人でお願い」


 そう言って私にモップを押し付け、丙型の方へ走って行った。走り去る香奈さんを横目に高橋大尉が口を開く。


「ボクとしてはサンプルが多い方が嬉しいので、丙型の意識を戻せるなら戻したいんだよね。そこで71ナナヒトくんの力を貸してもらえたらなぁ、って思ってさ」


「…? どういう事ですか?」


 全く意味が分からない。


「詳しい事はその時に話すよ。んじゃちょっくら本人に相談してこようかな。鈴代ちゃんはまだ掃除の仕事が残ってるんだよね? またちょっと71ナナヒトくんを借りるよ?」


 立ち去ろうとする高橋大尉。だが1つ確認したい事がある。


「あの、高橋大尉」


「ん? なに?」


 背を向けた体勢から首を捻ってこちらを見る高橋大尉。


「その、あまり派手に動かれて71ナナヒトの事とか周知されるのは好ましくないので、その、何て言うか…」


 私は長谷川大尉から『71ナナヒトの事は公言するな』と言われている。現に私は長谷川大尉以外の誰にも71ナナヒトの事を漏らしていない。


 しかし『既に知られてしまった』事柄を隠蔽する技術は持ち合わせていないし、私の独断で高橋大尉を縛り上げる訳にもいかない。


 高橋大尉この人が派手な事をやらかす前に予防線を張っておきたいのだが、どうしたものだろう…?


 考えがまとまらず言葉が詰まる。そんな私の何かを察したのか高橋大尉が私に笑顔を向ける。


「大丈夫だよ。昨日で結果を出したから、この基地でのボクの動きは鴻上大佐のお墨付きなのさ!」


 なんですって?!


「まぁ『幽炉残量回復に成功した』と言う話を捩じ込んだだけで、中の人の意識がどうとかは何にも説明してないんだけどね」


「え? だってその2つは表裏一体の話なのでは…?」


 その時、長谷川大尉から連絡が入った。


「鈴代か? やられたわ。縞原重工の高橋め、俺を差し置いて司令に話をつけやがった」


「はい…」


「そんな訳で奴はしばらくフリーパスだ。だが怪しいと思ったらすぐに教えろよ。保安部の奴らには貸しがあるから、何かあったら…」


「あの、高橋大尉なら今目の前にいますけど…?」


 高橋大尉が面白そうな顔をしてこちらに手を出してくる。通信機を渡せ、と言う事だろうか? おずおずと通信機を差し出す私。


「はいどーも高橋ですぅ。お疲れ様ですぅ。えぇ、えぇ、その件は大丈夫ですよぉ。えぇ、任せてくださいな。決して悪い様にはしませんから。はい、はい、それではぁ」

 通信が終了したのか通信機が返ってきた。


「誤解しないで欲しいんだけど、ボクは純粋に幽炉の魂を救いたいと思ってるんだよ。彼らを元の世界に戻してあげる事はボクには出来ないけど、せめて生きている間だけでも楽しく過ごして欲しいんだよね…」


 大尉の分厚い眼鏡に遮られて、その瞳の奥の心を読み取ることは出来ない。しかし今この瞬間の大尉の言葉は信じても良い、そう直感できた……。

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