第三話:ご近所付き合い
学校から出た俺は、家に帰る前にいつも通り近所のスーパーに寄っていた。
昨日はレトルトカレーだったし、今日はラーメンにでもしようかな。
そう考えた俺はカップ麺コーナーに移動する。
一応言っておくが俺の両親は亡くなってなどいない。
ただ、俺の両親は二人揃って海外でホテル経営をしており、年に一度程度しか日本に帰って来ないため、俺は学校から徒歩十五分ほどのボロアパートで一人暮らしをしているのだ。
良さげなカップ麺を二つ手に取りカゴに放る。
そしてレジに並んだその時、不意に後ろから抱きしめられた。
今は本当に会いたくなかった……。
無視すると後々が面倒なので、誰の仕業か分かっているが一応振り返る。
すると、予想通りそこには、俺の肩よりも低い位の背丈に、ブロンド色のショートボブでサイズが明らかに合っていないパーカーを身に纏っている一般的にいう美少女が居た。
「いちいち抱き着いてくるのはやめてくださいと何度言えば分かって貰えますか?」
「ねぇねぇ、今夜もヤろうね!」
うん。この人、話が通じないんだった。
彼女は浜脇 彩香さん。
俺の家のお隣さんで市内の大学でプログラミングやらハッキングなどを勉強しているらしい。
「言い方に悪意が感じられるのでパスでお願いします」
前に並んでいた人の会計が終わったことを確認してカゴを出す。
もう顔馴染みとなったおばちゃんが「今日もレトルトなんかい?」と聞いてきたので「料理は苦手なもんで」と答える。
彩香さんが居るだけでいつも通りの会話だ。
「ねぇ、悪かったってばー。いいじゃん、一回だけだってばー」
「いや、マジレスすると今日は色々疲れたんでパスで……」
そんな俺達の会話をおばちゃんは一度目を丸くした後に何か自己完結したようで、穏やかな表情になる。
待って……何でそんなに優しい目で見てくるの?
イヤな予感がするんだけど……。
「彼女さんも彼のことを思ってあげんさい。それに、あんたも少しは無理しんさい。楽しんでヤれるのは今だけだからね」
どうして、こうもイヤな予感というものは的中するのだろうか……。
弁解に入ろうとするも、彩香さんより一歩遅れてしまう。
「私は彼の事をしっかり考えてますよ。でも、最近は全然ヤッてもらえなくて……」
「若いのにご無沙汰なのねぇ……。オバチャンなんか昨日も夫といっぱいシたのに……」
誤解が恐るべきスピードで広がって行くのを止めようにも止められない。
というか、今おばちゃんのリアル事情聞いちゃったじゃん……。聞きたくなかった……。
すると突然「あ! だったら――」と前置きして、彩香さんの耳元でおばちゃんがコソコソと話し出した。
「そういう時は、あんたが料理を作ってあげんさいよ。そん中にクスリでも入れとけばイチコr――」
「丸聞こえです。止めてください。ってか、おばちゃん。俺は彩香さんと付き合っている訳ではありませんよ?」
流石に話が物騒になってきたので止め、少々遅くなってしまったが訂正に入る。
それを聞いたおばちゃんは一瞬だけフリーズする。
しかし、俺と彩香さんを交互に見た後にまた笑顔になった。
「もう結婚しちゃったの?」
話が飛躍しすぎ……。
というか、俺まだ十六歳ですから。
それからも誤解を解くために何やかんや言ってみたものの、おばちゃんには一種の惚気話だと思われてしまったらしく、話が落ち着くのには三分ほどかかってしまった。
まぁ、落ち着くというか俺が根負けしただけだが……。
最後の「今日は、そういう事にしておいてあげる」という言葉を聞く限り、きっと理解して貰えないのだろうからな……。
後ろに並んでいたレジ待ちのおばちゃん達からも暖かい目で見られたので、俺は逃げるようにして帰るのだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
我が家に到着し、風呂から上がった俺は、髪を拭きつつパソコンを起動した。
パソコンの起動する音だけがこの空間に鳴り響く。
髪を拭き終え、スマホを開くとメールが二十件ほど来ていたので、辟易としてしまう。
ダルすぎだろ……。
一応確認したが大半が予想通りだった。
二十分の十九件が彩香さんで、残りの一件が糸洲さんだったのだ。
全部、彩香さんからだと思ってたが糸洲さん、どうかしたのか?
疑問に思ったので内容を読んでみることにした。
『今日はありがと! それでなんだけど、明日の放課後って空いてる? 空いてたらまた今日の喫茶店で作戦会議しよ!』
作戦会議って……。
そう少し呆れながら、それでも『了解』とだけ返事をする。
よし、あとは寝るだけだな!
せっかく起動させたパソコンには悪いがそれでも今はもう休みたくなったのでパソコンをもう一度落とす。
しかしそこで、ピロンと通知音が鳴った。
「?」
なんか聞こえた気もするが、気の所為だな。
そう無視を決め込んでいると今度は嵐のように通知音が鳴り始めたので既読をつけないように内容を確認することにした。
えっと……『パソコン起動したなら早くしろ!』『なんでパソコン消したんだ!』『あ、言っとくけど、今寝たらお前の検索履歴を実名と共にネットの海に流すからね!』と……。
静かに彩香さんのプロフィールから電話をかける。
すると一瞬で「なぁにー」とダルげにしながら、しかしワクワクが隠しきれていない、そんな声が聞こえてきた。
「ねぇ、もうやっちゃったとか言わないでね? そしたらマジでお前の大事なゲーミングPC一式を潰すかんな?」
「っ! すいません、まだ海には解き放っていません!!」
声に圧をかけて言うと、彩香さんの声に電話越しでも分かるほどに緊張感が帯びていた。
俺はその答えが聞けて満足したので一言いって切ることにする。
「じゃあ、いいや。でも絶対に解き放たないでくださいね? それでh――……「なんでナチュラルに切ろうとしてるの?」
「……チッ」
カンのいいガキは嫌いだよ。
いつもアホっぽい癖にこういうところだけ鋭いのはどうかと思ったりする。
「ねぇー、今舌打ちしたよねー! 酷くなーい?」と抗議の声が聞こえてきているがスルーして話を前に進めることにした。
何故かって? そりゃ、もうこうなった彩香さんを止めるのは逆にダルいからにほかならない。
……というか、パソコンの起動する音がさっきよりも強い気がするのは気の所為だろうか……?
そんな微弱の恐怖を覚えながら、パソコンが立ち上がるのを待つのだった。
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