第一話:喫茶店にて1/2

 ちょうど良い具合の室温に湿度。ゆったりとしたサウンドとコーヒーの香ばしい香り。

 いつもならそれだけ揃っていれば他人に有無を言わせる前から読書に勤しんでいたであろう。

 しかし今、俺はそんなことをせずに、ただ見た目とは似合わないブラックを啜っている糸洲さんの様子を伺っているのには訳があった。


 ……まぁ、訳と言っても、あの後強引に連れてこられただけなんだけどね。


 目の前に置かれている糸洲さんと同じコーヒーを一口啜り息つくと、この香りが頷けるほどの旨みと酸味がちょうど良い塩梅になって押し寄せてきた。


 うん。また今度一人で来よう。


 そう決意した後に、平行線を保っているこの状況にこちらから切り出すことにする。


「盗み見たことは本当に申し訳なかったと思うけど、このまま何もないなら帰らせてくれないかな? もちろん盗み見てしまったことについて悪評を流してもらってもいい。それは仕方の無いことだから……。それに、ここに居ても気まずいだけだと思うしさ」


 それでも相変わらず俯いているままのようだったので、財布から千円を取り出しテーブルに置く。

 そして席から立ったその時だった。


「……何がダメだったと思う?」


 これまでは一言も喋らなかった糸洲さんがぽつりと呟いた。

 突然の言葉に一瞬、何のことだか分からなかったが、聞かずともすぐに理解することが出来たので、もう一度腰を下ろすことにした。


「ダメだったとは?」

「告白以外に何かあると思うの? それともアンタ、私に喧嘩売ってるの?」

「ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ、今の俺には情報不足かなーって思ったからさ。……でも」


 そう、俺が知っているのは糸洲さんがカーストトップに君臨していることと、告白した彼が凄くイケメンだったと言うことだけなのだ。


 しかし推測くらいなら出来ないことも無い。


「あくまで推測でしかないけど、彼とは幼馴染?」


 糸洲さんの呆けた顔を見れば答えは一目瞭然だろう。


「隠してたのに……。なんで分かったの?」


 その疑問も当然だろう。

 何故なら、糸洲さんがそんなこと言っているの見たことも聞いたこともないし、それに今「隠してたのに」って言っているし。


「分かったのは今糸洲さんが言ったからで、俺はあくまで推測をしただけだy――」

「そんなことはいいの!今はなんでアンタが当てることが出来たかを知りたいのよ!」


 なぜソナタが切れる?

 そんな疑問を抱いたが、カーストトップ女王にカースト底辺男が何を言ったところで通じなさそうなのでスルーすることにした。


「言っておくけど別段難しいことではないよ」と前置きをした後に説明を始める。


「まず、いつも誰にでも『アンタ』呼びしている糸洲さんが名前……それも下の方で呼んでいたところからだいぶ仲の良い関係なんだということが分かる。それに……」

「それに?」


 そこでこれから言うことが凄く馬鹿げたことだということに気がつき、言い淀んでしまう。


 俺はどのような推測をしたのかいえば良いだけだ。

 何も後ろめたいことなどないのだから堂々と言ってやろうじゃねぇか!


 前方では訝しげな視線を俺に向けてきている糸洲さんがまだかまだかと言ったふうに貧乏揺すりを初めてしまったので、多分ドン引きされるか、「ふざけてんの!」と激昴し叩かれるだろうが、言ってやることにした。


「それに、告白のセリフが昨日やっていたギャルゲーで主人公の幼馴染ヒロインのと一緒だったから!」


 言葉を続けるごとに、言う前はあれだけあった勇気がどんどん無くなっていき、最後らへんはもうやけくそになってしまう。


 ほら来い! 叩くなり蔑むなり好きにしろ!

 出来ればグーじゃありませんように。ありませんように。


 目をギュッと瞑り、俯いて覚悟を決めている俺。

 しかし、いくら経っても何もされないから不思議に思い顔を上げる。

 するとそこには、顔を両手で覆うように隠し、しかし隠しきれていないところから真っ赤に染まっていることが分かる糸洲さんが声にならない声をあげていた。


 ……え?


 状況が呑み込めないまま暫し時が経つ。

 昨日の夜更かしが祟り、少し眠くなったその時、何を思ったのか糸洲さんが両手を顔から離してぐっと俺との距離を近づけてきた。

 急に近づいてこられたせいで少しドキッとすると共に、糸洲さんから女子特有の甘いいい香りに俺の鼻腔がくすぐられた。


「何よ!! 綾(そのギャルゲーの幼馴染キャラ)の告白を少しパクったっていいじゃない! 私だってパクっていいのか悩んだわよ! しかも作者の人に言われるのならまだしもアンタなんかに言われる筋合いないわよ!」

「そっか……そうだよね。なんか、ごめん。それはそうとして、少し静かにしようね」


 糸洲さんは俺の指摘と周りからの視線に気づくとすぐにしゅんとなって申し訳程度に頭を下げた。


 にしても意外だ。あの女王と呼ばれている糸洲さんがまさかギャルゲーにハマっているなんて……。

 なぜだか分からないけど、なんか嬉しいな。


「話を戻すけど、なんであのゲームを選んだの?」

「?」

「なんて言うか、アニメとかと違ってギャルゲーだとだいたいどの作品にも幼馴染ヒロインルートってあるじゃん? それなのになんであの作品を選んだのかなーって。キャラが好きってさっき言ってたけど、実際の告白をするのでは少し理由が弱いと思うしさ」


 良い告白だったじゃないか! と思ってしまうだろうが 、糸洲さんとセリフを参考にさせてもらったキャラとでは性格から見た目まで真逆と言っていいほどに対象的なのだ。


 だが、糸洲さんの次の言葉に俺は自分の耳を疑ってしまうことになるのだった。


「だって、自分で言うのもなんだけど、綾と私って瓜二つじゃない?」


 一瞬俺の頭が停止する。

 そして、反射的と言ったらいいのか、考えずにただただ思っていた言葉が勝手に紡がれだした。


「……は? ナメてんの? 一回自分の顔と性格をしっかりと見直してから、もう一回プレイした方がいいよ」


 俺の言葉に糸洲さんは「え?」といった反応を見せ、俺は時間が経つにつれて思考が追いつき、最終的にはこの場が凍りついてしまった。


 俺の良いところは思ったことを素直に言えることだと思っている。

 しかし、今回に関してはそれが裏目に出てしまったようだ。


 こういう時に「君にはもっと素敵で似合うキャラがいるよ」などという気が利く言葉の一つでも付け加えられたらどれほど良かったか……。

 俺は思ったことを素直に言えるが、思ってもないことを上手に誤魔化して言えるほど器用じゃないのだ。


 まず、三次を二次に重ねるなんて、二次に対しての冒涜だしな。


 そんなことを考えて現実逃避をしていると、前方から震えたような声が聞こえてきた。


「だったら……だったら、アンタが私の告白を手伝って!」

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