負けヒロインなら頂いてもいいですか?

みかん

エピローグ: 人生はそう上手くいかないようにできているらしい。

「貴方のことがずっとずっと好きでした。もし、よろしければ……私と、付き合ってください!!」


 そんな女子生徒の声を境に見える世界が変わり始める。


 俺の答えはもう既に決まっていた。


 しかし覚悟を決めてここに来ている筈なのに、この緊張感が拭えないのは不思議なものだ。


 ドキドキと鋼を打つように胸が鳴り、静寂と化したこの空間には場違いのように感じてしまう。


「お、俺は――」


 息を飲み、ここからがクライマックス。


 結果は自分が受ける側だから分かりきっているものの、これからのことを考えると、なんかヤバい。

 よし、言うぞ! 想いを今、伝えるんだ!


 ゴクリと息を呑み、覚悟を再度決めた。

 その時だった。


 ――パン


 まさにこれを一言で形容すならば「天国と地獄」というのが相応しいだろう。


 頭上から放たれた教科書は見事に俺の頭頂部にヒットして、それなりの痛みを伴った。

 感情の変化というものは著しいもので、一に感じた「痛い」という感情は、次の瞬間、つまりは二では「やってしまった」というものに変わっていた。

 そして今は、昨日届いたばかりのギャルゲーを夜更かししてまでやっていた自分を悔やんでいる。

 人間の感情の変化を実験するなら今の俺はいいモルモットだろう。


 恐るおそるといったふうに顔を上げると、そこにはクールビューティの言葉をそのまま具現化したような女教師が横で仁王立ちしているではないか。


「今の問いを答えられない。なんてことはないわよね? 藤井さん」


 正夢になるのはきっと息を呑むところだけだろう……いや、覚悟も決めないとかな。


「すいません。授業中だというのに寝ていました。本当にすいませんでした」


 勢いよく立ち上がり無駄のない所作でその女教師もとい冴木先生に頭を下げる。

 それと同時に授業終了のチャイムが鳴ってしまうものだから、クラスメイトからの痛い視線を受けながら今日最後の授業を締めくくることになってしまったのだった。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 俺は部活に所属していないため、放課後に待ち構えるのは掃除のみ。

 早く終わらせて帰ってゲームの続きがしたい今日この頃の俺は率先して掃除を行う。

 箒をかけ、さげられていた机を元の位置に戻す。


 皆がみんな、俺みたく頑張ってくれれば完璧なのだが人生はそう上手くいかないようにできているらしい。

 同じ場所を担当しているはずの害j……おっと危ない危ない、リア充な生徒が見当たらないのだ。

 まぁ、今日に限ったことではなく、いつも通りサボっているのだろうがな……チッ


 内心で悪態をついている間にも残るはゴミ箱だけになったので、すぐに校舎裏に設置されているごみ収集所にごみを置きに行くことにした。


 自教室の位置する三階から超超早歩きで一階に降りる。廊下は走っちゃいけないからな。


 そして扉を開け、走り出す。

 ゴミ箱が時折腿に当たり痛いがそれは早く帰るための代償と考えれば苦ではなかった。


「フゥフゥ……」


 日頃、平日も休日も関係なく自分の部屋で自堕落な生活を送っているヲタク(俺)はたった五十メートルもろくに走れないような体に仕上がってしまっていたようだ。


 息をきらしながら走っていると最後のコーナーに差し掛かる。


 ここを曲がればごみ収集所だ!


 しかしやっぱり人生はそう上手くいかないようにできているらしい。


 それは、少し速度を緩め曲がり角を曲がった瞬間の出来事だった。


「急に呼び出してごめんね。実は……」


 嫌でも聞き覚えのある声が聞こえてきてしまい、反射的に曲がり角に身を潜めてしまう。


 この声は……『糸洲 朝日』だよな?


 糸洲さんは僕達二年二組だけでは飽き足らず、二年生全体の女王的なポジションに君臨するキングオブトップなのだ。

 外見も派手という言葉があれば大体想像が着くような見た目だし……。

 総括として、俺とは住む世界が違う人。

 以上。

 じゃなくて、そんな糸洲さんが告白!?


 自分が置かれている状況を理解し始めるとここに居ては行けないような気がしてならなくなってしまい、すぐさま身体が回れ右を自動的に行い始めた。


「実は、哲也のことがずっとずっと好きでした。もし、よろしければ……私と、付き合ってください!!」


 ……え?


 あまりに最近聞いたようなセリフ、というかそのまんまだったような気がしたので嫌でも動きが止まってしまう。


 名前のところが少し違うけど、このセリフって俺が昨日ゲームで攻略し終えたヒロインのセリフだよな?


 俺の疑問など何処吹く風のように俺を置いて話は進み続ける。


「お、俺は――」


 ゴクリと息を飲み見守る。


 客観的に見ても糸洲さんは可愛いと思う。それも凄くだ。

 そんな彼女からの告白を受けている男子生徒くんもなかなかにイケメンではないか!

 目の前で起きている甘々なイベントを傍から見たら、この後二人手を繋ぎ一緒に帰るだろうと考えるのが普通ではないだろうか?


 少なくとも俺はそう考えていた……。


 今までは俺の人生だけ神様に贔屓されていると思っていたが、それはあながち違うのかもしれないと、人生誰もが上手くいかないようにできているらしい。


「――昨日から違う子と付き合うことになったから、朝日とは付き合えない。嬉しいけど、本当にごめん」

 緊張の糸を切るような一言が一閃して、付き合うと確信していた俺も、同じくそう考えていたであろう糸洲さんも少しの間フリーズしてしまう。


 え、糸洲さんが振られた? あの女王と呼ばれている糸洲 朝日が?


 そんな俺の横を今さっき糸洲さんを振った彼が通過していく。

 幸い彼は俺の存在に気がついていないようだった。


 しかし今日の俺の運勢は特別悪いようだ。


 ガタン!


 そんな音が聞こえたのだ。

 それも俺の足元で。

 ビクリと肩を揺らして下を見るとゴミ箱が倒れてしまっているではないか。

 我に返った俺は慌てるも、時はもう既に遅かったようだ。


「誰かいるの!?」


 糸洲さんも流石に気がついたようで足音がこちらに近づいてくる。

 俺はというと、なんか身体が悟って動いてくれない。

 歩み寄る糸洲さんと待ち構える俺の構図。

 それは次の瞬間にも現実となるだろう。


「え、なんであんたがいんの?」


 ほらなった。


 さっきの光景を盗み見ていたのは事実なので圧倒的に俺が悪いのは自明の理だろう。

 なのでここはもう諦めて気の利いている言葉を口にしようではないか。


 言うとするならあれしかないな……。


 一度息を吸って気持ちを落ち着かせた後、糸洲さんの目をしっかりと見据えて口を開く。


「やっぱり人生って上手くいかないようにできてるねwww」

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