天使の話(3)
遠く、自動車の通り過ぎてゆくエンジン音が教会の扉の向こうから響いた。
青いステンドグラス越しの日差しは少女が立ち入った時から角度を変え、空気は少し肌寒さを増してきている。
そのことに気付いて少女は少し身震いをした。
「寒いですか」
「ちょっとだけ。でも平気」
膝を胸に引き寄せて、少女は笑う。
「どうしましたか」
「ううん、お父さんのこと思い出しちゃって。あなたと全然似てないのに不思議ね」
「似ていませんか」
「似てないけど、似てるわ」
隣に腰掛けている大人を見る。
最初見た時は天使かと思ったけれども、近寄りがたい雰囲気は全くない。
群衆の中に居れば気にも留めないだろう。
けれども、こうして隣に居ると、この相手が人ならざるものだということが理屈で無く分かる。
じぃと見つめ続ければ、相手の首がことんと傾ぎ、視線が絡んだ。
ステンドグラスの作る青い世界の中、柔和な笑みを浮かべる瞳は深すぎる青なのだと少女は知った。
「私のお父さんは、灰色の目をしているの」
深みに落ちてしまいそうな青い目を見上げ、少女はぽつんと言葉を吐く。
「君の目と同じですね」
「うん」
まだ弟が死んでいなかった頃。彼女を膝に乗せ、父親は良く言ったものだ。
君の髪はお母さんの色だね。瞳は僕とおそろいだ。
「お父さん、今は居ないの」
「居ないのですか」
「そう、出てっちゃったの」
今の僕たちは一緒に居ても分かり合えない。
何度目になるのか、数えるのも億劫なほど回数を重ねた怒鳴り声の応酬の後、父親の口から吐き出されたのはそんな疲れ切った言葉だった。
お互いに少し距離を置こう。
そう言ってスーツケースに荷物を詰める父親に、少女は私も連れてってとすがった。
今の状態の母親と二人きりにされたくなかった。
しかし、目尻に疲れと苛立ちを滲ませた彼は、少女の細い両肩に手を置いて首を横に振った。
その内戻るから、それまで母さんを頼んだよ。
(どうして?)
その問いが口を突くことは無く、父は家を出て行った。
「今はお母さんたちをそっとしておいてあげましょう」。
出て行った父と入れ替わりにやってきた叔母さんにそう言われたので頷いたけれど、考えてしまう。
頭の中でこだます銃声をヘッドホンから流す大音量の流行歌でかき消しながら、ひとりクローゼットの中でうずくまる夜は考えてしまう。
そっとしておくって、それっていつまで?
お父さんは本当に帰ってくるの?
どうして私をお母さんと二人きりにしたの?
『あなたは問題から目を背けているだけ! 常識人ぶって逃げてるの! いつもそう!』
母の金切り声がよみがえる。
『あなたがそんなだから! いつもそんなだから、私は! ジョナサンは!』
こんなだから。
「きっと私がハクジョーだから。こんな風になっちゃったんだ」
自分の腕に爪を立てた少女の瞳は、けれど、乾いたままだった。
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