天使の話

天使の話(1)

 天使かと思った。少女はそう言った。


 その教会に立ち入ったのは、ほんの気まぐれだった。

 半分だけ開かれたドアをくぐった先、午前のミサが終わって閑散とした教会の中は清掃が行き届いていて、正面には磔刑に課せられたキリストの絵が、その手前には年季の入った木製ベンチが並んでいた。

 だが、少女の目を何よりも奪ったのは四方を囲むステンドグラスだった。

 滑らかな曲線を描くライン。差し込む陽光を透かすのはどこまでも透徹な青、青、青。

 床から天井まで、圧倒的な青の空間に少女は息をするのも忘れて見入る。

(私まで青になってしまいそう)

 つむじから爪先まで、じんと痺れるような感覚。

 大海に投げだされたような、大空に放り出されたような、不安と快感がない交ぜになったような気分。

 ちっぽけな自分はあぶくになって、ゆっくりと青の中を浮上して、やがて青に浸され溶けてゆく――

 そのまま何分が経過したのだろうか。

 ふと視界の端に動くものがあって、少女はハッと息を呑んで我に返った。

「誰?」

 注意を引いたものへ目の焦点を絞れば、そこに居たのはカソック姿の青年だった。

 露を置いたような青い髪。元は白かったのだろう日焼けた肌。太く垂れがちな眉は優しげで、柔和な笑みを湛える顔はよく整っている。

 最初からそこに居たような気もするし、途中でふっと宙から沸いて出たような気もする。どこにでも居そうで、どこにも居ないような、奇妙なズレを感じさせる青年だった。

「……あなたは、天使様?」

「いいえ、違います」

 本当に存在するのかも危ぶまれる希薄なそれへの問いかけは、意外にしっかりした言葉で返ってきた。

「僕はアウイン。石です」

「石……いいえ、あなたは人間でしょう?」

「人間の形を借りていますが、石なのですよ」

 低く穏やかな、眠気を誘うような声でアウインと名乗った青年は語る。

「石像なの?」

「もっと小さい物です。この姿は魔法を使っているから人に見えるのですよ」

「魔法……」

 子供だましなその単語に、しかし、少女はほんの少し考え込んだ。

 魔法。

 それが今の彼女には必要だった。

「アウインは魔法使いなの?」

「少しだけ、そうですね」

「じゃあ、私に魔法を教えてくれる?」

「どんな魔法が欲しいのですか」

「……好きな時に泣ける魔法」

 ぐっと呼吸を堪えて、囁くように絞り出した言葉はアウインに届いたのか。少女は少し不安になったが、アウインは「そうですか」と柔和に微笑んだ。

「何故、泣ける魔法が欲しいのですか」

「弟が……弟が死んだの。2つ下の弟、ジョナサン」


 私の学校に銃を持った人が来て、殺されたの。

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