閑話

ティーパーティにて


 鈍い人ね、と歌姫は言った。

 冷淡だ、と紫陽花の庭に立つ人は言った。

 悪魔か、と崖にしがみつく男は言った。

 天使だと思った、と少女は言った。

 良く出来たお人だ、と年老いた元漁師は言った。

 気持ち悪いんだよ、と少年は言った。

 お前って実は結構馬鹿だろ、と詐欺師は苦笑した。

 幸せになりなさい。あの人はそう言い残した。



 アウインはとてもシンプルだ。

 そこに深い意図や思慮は存在しない。

 そうですか、という言葉に了解と相槌以上の意味は無く、

 違いますは単に事実を述べているだけだ。


 善悪を問わないのは善悪が分からないから。

 是非を問わないのは是非が分からないから。

 功罪を問わないのは功罪が分からないから。


 分からないから、否定しないし、判じない。


 鉱床でとろとろと微睡みながら、誰かの声を通して眺め続けた世界には明確な善悪も、是非も、功罪も、見つけることが出来なかった。



「アウイン、お茶にしましょう」


 生きた宝石たちがそぞろ歩く輝石の館にて、他の宝石と共に甘いお菓子が並ぶテーブルを囲んでティータイムに参加する。


 花があるよ。これは分かる。

 綺麗な花ね。これは分からない。

 今日のおやつはワッフルだね。これは分かる。

 甘いね、ふわふわしてるね。これは分かる。

 うん、美味しいね。これは分からない。

 美味しい物を食べれて幸せ。これは分からない。

 みんなで居ると楽しいね。これも分からない。

 分からない。

 カップの中で温かい紅茶が細波を立てる。

 分からないことだらけだ。

 ただ、


『お前が来てから俺の周りは死だらけだ!』


 同じ場所に留まり続けると、誰かが怯えたり、泣いたりするから、時期を見てまた別の場所に流れよう。


「アウイン、お茶のおかわりはいかが?」

「ええ、お願いします」


 そして、テーブルを囲んで楽しんでいる煌びやかな宝石たちが辛い思いをしなければ良い。

 カップを差し出して、アウインは穏やかに、柔らかに微笑む。



 名前を付けるにはあまりに微かな、無自覚なもの――それを人は感情と呼ぶのだと、アウインは知らない。

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