経緯の話(8)
冬は死の季節だ。それは弱いものから順に死んでゆく。
その年の寒波は例年になく強力なもので、街では薪が飛ぶように売れて値上がりし、街頭を行く人々は皆俯いてコートの前を掻き合わせ、小走りに歩いた。
寒波の影響を最も受けたのが路上生活者たちだった。
朝が明ける度にどこかしらで冷たくなった死体が発見され、警察の手によって押収され、検死を経て教会に運ばれる。身寄りのない彼らの葬式代を払うものは無く、それゆえ葬儀は簡素なものとなったが、弔いの火が消えることは無かった。
今日もまた、死体が運ばれてくる。
ゆらゆらと陽炎のような煙を上げるロウソクの火を見つめ、牧師は膝を着いて祈っていた。
(主よ。主よ。どうか我らをお許しください)
目を伏せ、牧師は懺悔する。
(主よ。主よ。どうか我らを憐れんでください)
冬の残酷さが、冷酷さが、多くの命を奪うことを彼女は予め知っていた。
何時の頃からかだったろう。
光を確かにとらえられないはずの彼女の目が未来を映すことがあった。
それは死。
それは別れ。
それは引き裂かれるもの。
それは例えば凍え死んでゆく多くの者の群れ――。
苦しい教会の予算をやりくりして、炊き出しの回数を増やした。
バザー寄付を募り、使わなくなった古着を集めて彼らに配った。
その行動を苦い目で見る者も居れば、彼女を聖女と称える人も居た。
だが、実態は違う。
ただ夜ごと見るモノに耐えられないだけ。それを変えたいだけ。救われたいだけ。
けれども毎日、毎朝、毎回、死体が教会へ運び込まれてくる。
知っていた顔が、知っていたように死んでゆく。
ハンス、ヘルマン、ジョニー、エーリヒ、グスタフ、クルト、ルター、アルノー。
増え重なる墓標、積み重なる死体、度重なる苦悩。
何もできない。
何をしても間に合わない。
何ひとつ変えられない。
目を閉じれば死者たちの糾弾の声が聞こえてくる。
どうして救ってくれなかった。
どうして助けてくれなかった。
知っていたのに。
知っていたくせに。
エリ・エリ・レマ・サバクタニ(主よ、主よ、どうして私をお見捨てになったのか)。
「――く師様、牧師様……牧師様!」
冷たい床で一心に祈り続ける彼女の肩を、誰かが叩いた。
その感触に、牧師ははっとして顔を上げる。
見上げた先には教徒の心配そうな顔、そしてそびえたつ十字架があった。
「牧師様、そうしてばかりではお体に悪いですよ」
「あ、ああ。私、は……」
「ここは我々が見てます。少し気分転換に散歩でもなさったらいかがですか」
「……。そう、ですね。ちょっと、外の風に当たってきます」
そして彼女は見出す。
凍った雪の下から芽を出すスノードロップの群生の中。
希望と慰めを意味するそれらの合間にひっそりと落ちている「青」を――。
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