経緯の話(5)
最初は鳩。
顔を洗いに外に出たところで、足の裏にぐにゃりと感触があって、見れば鳩の死骸があった。
いつもテントの周りに居る奴だった。
次は猫。道端で赤黒い腸をぶちまけて息絶えていた。
時々餌をやっていた奴だった。
その次は犬。死骸が川面に浮かんでいた。
良くゴミ漁りを邪魔してくる奴だった。
その次はヨハンが死んだ。
同じ公園で寝泊まりする仲だった。
その次はジーモンが死んだ。
ルンペン同士、情報交換する間柄だった。
その次はアントーンが死んだ。
死亡の前日、鉄くずの所有権で争った奴だった。
ひとつ言葉を交わせば、ひとつ視線を向ければ、ひとつすれ違えば。
フリッツが死んだ。
ハンスが死んだ。
ヘルマンが死んだ。
死んだ。
「何なんだよぉ……。いったい何がどうなってやがるんだよぉ……」
ここ数日でめっきり白髪の増えた頭髪を掻きむしり、ジョニーは目の前の石を睨む。
透明な中に一粒の青。
「なあ。なあよぉ。俺の周りの奴が死んでくんだよ」
『死別はただの通過点の一つ、別離の一面です』
深い、深い、不快、青。
「死、死……死、死、死、死、死! この三日で何人死んだ? もううんざりだ! もう沢山だ! お前を拾ってから、俺の周りは死だらけだ!」
『死を恐れる必要はありません』
「次は誰だ? え? 俺を殺すのか? そうだな? そうなんだろう!」
『死に恐怖する現状からの旅立ちが君の望みですか?』
「クソッ! 畜生!」
ガチガチと歯が鳴る。
血管の浮いた手がガタガタと震える。
ジャケットの前を掻き合わせ、血走った目で左右を見回し、ふらふらと酔ったような足取りでジョニーは歩く。
(嫌だ、死にたくねぇ、死んでたまるか、死にたくねぇ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ)
『ならば僕はそれを支持しましょう』
「う、うわ、わあああああああぁっ!」
手垢のついた石を握り、ジョニーは力いっぱいソレを近くの民家の塀の向こうめがけて投げ込んだ。
忌々しい石はキラリと陽光に輝き、放物線を描いて塀を超え、そしてあっけなく消えて見えなくなった。
「……っ、ひ、ひひっ」
全身を襲う虚脱感にジョニーはその場へ暫くうずくまり、ぜいぜいと肩で息をする。
「ヒヒヒッ、ハ、ハハッ……やった、やったぞ、これで、良い……もう俺は大丈夫だ……」
道端で一人哄笑するジョニーを気味悪そうに人々が避けてゆくが、彼はもうそんなことは気にしなかった。
ただ温かな安堵ばかりが彼の胸を満たしていた。
彼は今、確かに幸福だった。
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