経緯の話

経緯の話(1)

 鉱夫の仕事は重労働だ。

 暗い坑道の中で身を屈め、じっとりと息詰まるような空気の中ひたすらに採掘を続ける。時折貴重な石を掘り当てることもあるが、その利益は彼らの手に直接降りることはない。ただ、毎日毎日日の当たらぬ坑道の中で岩壁と向かい合う日々。そこには希望も夢もない。

(こんな場所、いつか逃げ出してやる……)

 壁面に槌を振り下ろし、彼は夢見る。

 こんな穴倉の中ではなく、もっと明るい場所で、今のような安酒ではない上等なワインをくらって、柔らかい女の体に埋もれて、このクソのような生活から抜け出すのだ。

 こんなところで、砂と埃で口の中をじゃりじゃりさせながら穴倉でうずくまったまま死んでゆくのは御免だ。

 ガキン、と振り下ろした槌が岩肌を削り、荒んだ彼の目にぽつりと青が映り込む。

(なんだぁ?)

 槌を握る手を緩め、彼は軍手をはめた手目の前の壁を撫で、埃を払ってみる。

 水晶質の壁面の中にぽつりと、浮かび上がるように青い点が現れていた。

(ラピスラズリ……いや、こいつは……)

 ざわりと胃の腑から寒気のような震えが込み上げる。

(アウインか)

 ラピスラズリの一部として名を連ねる青い石、アウイナイト。

 しかし、それはあまりに青く、あまりに希少で、その希少さゆえに高い価値を持つ。

(もし、これ一つ売りさばくことが出来たなら……いったい幾らになる……)

 青い色に吸い寄せられたように目をくぎ付けにしながら、男の喉がごくりと鳴る。

 このまま掘り出しても、その利益は鉱山主のものになるだけで男に回ってくるのは雀の涙ほどのはした金だ。

 だが、もしもこれを男が手にすることが出来たなら。

(金も、女も、新しい生活だって夢じゃねぇ……)

『今の君の境遇からの旅立ちを望みますか?』

「へっ……当然……」

『ならば、僕は君の決別を祝福しましょう』

 男は震える手で、その青を削り出し、そっと懐へと忍ばせた。

 その後、鉱山から脱走した男の行方は杳として知れない。

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