第21話 探索者ホルスト 上


 ぼんやりとした視界に映るのは見覚えのある顔。

 女性……何かを言っている……必死な表情……徐々に不鮮明になっていく……


 唐突に鮮明になった視界に映ったのは使い込まれた木製の机と椅子、白い壁。


 レオンはどうやら夢をみていたようだと理解する。


 前世の記憶だろうか、見覚えはあるが誰かはわからない女性の顔。

 思い出そうとすると余計にその輪郭はぼやけて遠ざかっていく。


 しばらく色々思い出そうと試みるも徒労に終わった。

 

(どうせ思い出したところでここは違う世界だ。見た人に会えるわけでもないし、むしろ思い出してしまった方が歯がゆい思いをしそうだしな。思い出せなくていいのかもしれないな)


 そう自分を納得させると、レオンは切り替えてこれからのことに目を向けることにした。


 ここは迷宮都市ベギシュタットにある宿の1つ、笑う白熊亭の二階にある客室の一つ。


 昨日探索者ギルドの職員、ナターリエに紹介してもらった宿だ。母親のルシアも利用していた宿で比較的安価な割に清潔。主人が元上位探索者なこともあり不埒な客は叩き出されるので安全性も高い。

ただし料理の味は微妙とのこと。料理は個性だという謎のモットーの持つ主人が創作した迷宮料理。怪しい食材を使った珍味のオンパレードで、一部のマニアックなファン以外はあまり好んで店内で食事はとらないらしい。

 レオンも滞在中に一度はチャレンジしようと思っているが、さすがに長旅を終えたばかりの昨日は美味い飯が食いたかったので、こちらもナターリエに紹介された食堂に足を運んだのであった。

 


 身づくろいをしたレオンが部屋を出て食堂になっている一階に降りていくと宿の主人ヨーゼフが声をかけてきた。


「よう、ジュニア。昨日はよく眠れたみたいだな、もう昼前だぜ。朝飯食っていくか?」


 そう声をかけられて一瞬返事を躊躇したレオンに横からおっとりとした声がかかる。


「レオン君大丈夫よ。朝食は普通だから」


 振り返るとそこには小柄で温和そうな女性が笑って立っていた。

 この宿の女将、奥さんのヨハンナだ。


 宿を切り盛りしているこの夫婦もルシアとある程度は親しかったようで、最初は子供一人で宿に来たレオンに困惑していたのだが、彼女の息子とわかると打って変わって歓迎してくれた。

 聞かれるままにルシアが亡くなったことを話すと「是非うちの宿を利用しなさい」と言って、無料で泊めてくれようとまでしてくれた。

 それはさすがに申し訳ないと固辞したレオンであったが、「子供は遠慮するな」とあちらも譲らない。結局すったもんだの末に半額の宿泊費で泊めてもらうことになった。

 それでも「お金が足りなくなったら遠慮なく言え」と言ってくれた店の主人ヨーゼフからは、その後なぜかジュニアと呼ばれるようになった。


 

 昨日の二人とのやり取りを思い出したレオンは笑いながら「では、いただきます」と返事をして朝食を食べることにした。

 出された朝食はヨハンナのいう通り、パンに卵にベーコン、サラダという定番の朝食で味もまともだった。むしろこの世界においてはかなり豪華な方であろう。


 腹ごしらえを済ませた後レオンは二人に礼を言って宿を出ると、軽く街を見回って時間を潰した後、今日もギルドへと足を運んだ。午後からナターリエに仲介をお願いしていた探索者と会うためである。


 ギルドに入ったレオンは2階へと向かい、階段を上がったところにある受付でナターリエと約束がある旨を伝えた。


 5分ほど待たされるとナターリエが現れ、昨日と同じブースへと案内された。


 案内されたブースの中にはすでに一人男が座っていた。

ダークブラウンの短髪に口ひげ、細目であまり特徴のない顔立ち。年の頃は20代後半。革鎧に身を包んだ身体は痩せ型だが筋肉はしっかりとついている。


 レオンを見て少し驚いたような表情を見せている彼がルシアに薬草を納品していたという探索者なのだろう。

 どうやらルシアの息子が後を継いだと聞いて来てみれば、予想以上に子供だったので困惑しているようだ。

 それを察したレオンは彼の正面に立つ。そして胸に手を当て少しだけ頭を傾けて一礼すると丁寧に自己紹介をする。


「はじめまして、ルシア・トーレスの息子のレオン・トーレスと申します。この度はご足労いただきましてありがとうございます」


「あ……ああ、銅ランク3級探索者のホルストだ。よろしく頼む」


 商人のような丁寧なあいさつを突然子供にされて面食らった表情を見せたホルストであるが、すぐに切り替えてきちんと挨拶を返して来てくれた。 

どうやらレオン挨拶を聞いて、見た目通りの子供ではないと理解して一人の取引相手として接することにしたようだ。

探索者と聞くと荒事のイメージがどうしても強いため、粗野な相手が出て来てガキ扱いされることも覚悟していたレオンとしてはありがたい。

さすがはナターリエの紹介で母と取引していた探索者といったところか柔軟な対応だ。


ちなみにホルストの言った『銅ランク3級探索者』というのはその探索者の実績を表しおり、依頼人に対する探索者の自己紹介として相手に知らせることが推奨されている。

ランクとは鉄、銅、銀、金、白金の五種類からなる迷宮の攻略度を表していて、大まかな戦闘能力の目安とされている。

それに対し級というのは10~1級まである依頼人への対応や達成実績などの総合的な評価を表していて、その探索者の信用度の目安となる。だいたい3級以上だと貴族からの依頼を任せても問題ないとされている。


今回ホルストの場合は「戦闘能力は下級~中級程度だが、依頼の達成率は高く貴族の前に出しても問題ない程度には素行も良く信用できる探索者」といったところだろう。


 (薬草の定期納品を受ける程度の実力で仕事は丁寧。人当りが良く柔軟な対応。)


 レオンがホルストに抱いた印象も似たようなものなので、内心でギルドの評価に感心しながら話を進める。


「よろしくお願いします、ホルストさん。ナターリエさんに伺った話によると、母も生前とてもお世話になっていたようで感謝しています。母に代わりお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」


そう言って頭を下げるレオンを見て苦笑するナターリエと慌てて謙遜するホルスト。


「いやいや、俺の方がルシアさんにはお世話になった。薬草採取の指名依頼を定期的に出していてくれたからとても助かっていたし、正しい採取の仕方を教えてくれたのも彼女だ。おかげで薬草をギルドに買い取ってもらう時にも、いい値段をつけてもらえるようになってとても感謝してたんだ」


「ああ、その件も一度お礼を申し上げようと思っていたのです。実は私自身もホルストさんが採取して下さっていた薬草を使わせてもらっていたので……。ご存知かもしれませんが特に私のような遠方に住む調合士にとっては採取の仕方の違いはとても大きいのです。採取方法によって保存した場合の劣化具合が全く違い、出来上がるポーションの品質も大きく左右されます。その点、ホルストさんに採取していただいた薬草はほとんど劣化しておらずとても重宝していました。このように高品質な薬草を提供して下さる優秀な探索者の方にはぜひ一度お会いしてみたいと思っていたのです。本当にいつもありがとうございます」


「いや……うん、まあ……随分高く評価してくれて感謝する」


 レオンがホルストに伝えたことはもちろんお世辞も混ざっているが事実でもある。

 戦闘を生業にする探索者たちは大雑把な者も多く、採取の場合には適当に引っこ抜いて来るなんてこともざらにある。

 だが薬草と言われるキュアリーフはとても繊細な植物で採取の仕方や傷の有無、成長具合に採取後の保存環境などでその効能は大きく変わる。

 その点この探索者ホルストの採取してきたキュアリーフは採取の仕方、採取後の処理もしっかりしておりいつも品質が安定していた。

 だからレオンとしても今後も彼から仕入れたいと思い高い評価を伝えたのだが、返って来たホルストの反応は微妙なものであった。



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