第20話 質問タイム 下



 探索者になることを決心したレオン。

 しかしそのためにはいくつか越えなければならないハードルがある。まずはそれをしっかり確認するためにも、もう少しナターリエに話を聞かなければならない。


 レオンが改めてナターリエに聞くべきことを考えているとレオンのいるブースの戸がノックされる。

 返事を返すとお盆にカップを2つ乗せたナターリエが入って来た。

 自分とレオンの前に湯気を上げるカップを置いたナターリエはニコリと笑って「熱いから気を付けてね」と言ってレオンに飲むように勧めて来る。

 その様子がなにかいたずらっぽかったので、レオンは少し警戒しながらもカップを手に取る。

 口元に近づけるとかつて……前世では嗅ぎ慣れた、今世では初めて嗅ぐ甘い香りが鼻孔をくすぐる。


(これは……紅茶?)


 湯気を上げる白っぽい褐色の液体。色からしてすでにミルクが混ぜられているが香りは間違いなく紅茶だ。

 レオンは懐かしいその香りを少し楽しんだ後、ゆっくりとカップに口をつける。口中に広がるまろやかな甘み。どうやらナターリエは子供であるレオンのために、甘いミルクティーを作ってくれたようだ。


(ああ、美味い。でもコーヒーを飲みたくなるよなぁ)


 どうやら前世のレオンはコーヒー党だったようだ。

 かといって紅茶が嫌いだったわけではないし、今世のレオンの口にもよく合った。

 改めてもう一口飲んでその味を堪能したところで、ナターリエがじーっとこちらを観察していることに気付いき慌てて取り繕う。


「す、すみません。とてもおいしくて夢中になってしまいました。これ、なんていう飲み物なんですか?」


「それは紅茶っていう飲み物よ。……とても喜んでくれたのは見ててわかったんだけど、なんか予想してたリアクションとは違ったわね。もっと驚くと思っていたんだけど……」


 どうやらナターリエとしてはレオンを驚かそうと思って持ってきたのに、普通に味わって飲んでいたレオンのリアクションに不満のようだ。


(母さんによくからかわれていたなんて言ってたけど、さっきいきなり抱き着いてきたことといい今回といいこの人自身も大概だよな)


 意外といたずら好きなナターリエに苦笑したレオン。

しかし紅茶自体はこの世界では珍しく恐らく高価であることは間違いない。

 いたずら心が含まれていたとはいえ、そんな高価な飲み物を出してくれたのは好意であることに間違いないのでレオンは素直に感謝することにした。


「いえ、結構驚きましたよ。ただとてもいい香りで美味しかったので味わうことに夢中になってしまって……けど紅茶なんて初めて見たんですがこれも迷宮の産物ですか?」


「ええ、実はそうなの。元々は南方で飲まれていた飲み物でこの迷宮都市にもたまにしか入ってこないような代物だったんだけど、迷宮都市でも採れることがわかったの。ただ加工方法が特殊みたいで中々同じものが作れなかったらしいわ。けど最近やっとそれに成功した職人さんがいてね。たまたま知り合いだったからこうやって宣伝すること条件に格安で譲ってもらったの」


 それを聞いて驚いたレオンがナターリエを見ると彼女は穏やかに笑って頷いた。


 宣伝することが条件。要はレオンに仕入れ候補として紹介してくれたのだ。


 前世では確かイギリスかどっかの貴族の飲み物として流行したはずだ。現代でも定着していて世界的に多くの愛好家を持つ紅茶。間違いなく売れる。それを流通する前に紹介してくれたのだ。

 いたずらどころか、特大の好意であった。


 レオンは迷宮都市の仕入れ候補として傷みやすいものや運びにくいものなど、ストレージのギフトを有効活用できるものばかりを考えていた。

 これはそこにとらわれ過ぎていたというのも否めないが、新しい産物の情報という大きな商機を新米の自分が他に先んじて手に入れる可能性が極めて低いと考えたからに他ならない。

それが今、目の前に差し出された。紅茶ならかさ張らずストレージがなくもつかめる大きなチャンスだ。そう誰にでも……そこでレオンは気づいた。


「あの……この紅茶ってもしかして……本当は母に?」


「……ホントによく気付くわね。そう、本当はルーさんが今回来た時紹介するつもりだったの。だから代わりにレオン君にって思ってね。よければだけどその職人さん紹介するわよ」


「……本当に何から何までありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」


 そういって深々頭を下げるレオンと慌てるナターリエ。


「ちょっ……そんな大げさな、頭を上げて。大丈夫だから、ちゃんと紹介するから安心して。そ、それより……そうだ、まだ探索者について聞きたいことがあったんじゃないの?」


 どうやらナターリエはいたずら好きだが真っすぐに感謝を向けられるのは気恥ずかしくて苦手なようで、慌てた様子で話題をそらす。

 それを感じ取ったレオンの頭に、もっと感激しながら感謝を述べてみようかといういたずら心が芽生えるが、さすがにこれだけしてくれた彼女をからかう気にはなれず、聞きたいことがあったのも事実なので自重する。


「そうですね、それで戦闘系か魔術系のギフトを持たないと探索者になるのが難しいと言われる詳しい理由をお聞きしたくて……」


「そうね、薄々分かっていると思うけどちゃんと説明するわね。単純にそれらのギフトが戦闘の助けになるのももちろんだけどそれだけじゃないわ。まずはそれぞれの特徴。戦闘系のギフトを持つ人の場合は身体強化の出力が高いこと。おおよそ平均するとその他の人の1.5倍ほどになるわ。もうこの時点で近接戦闘においては圧倒的な資質の差になるわ。特にモンスターとの戦いにおいてはその差は大きいの。人間より速かったり、大きかったりする相手が多いのだから当然よね。もしかしたら戦闘系のギフトを持たない人が必死に訓練すればある程度は通用するかもしれないけど、なれたとしてもせいぜい並程度、一流にはまずなれないわね」


 つまりレオンではまず近接戦闘は無理だということだ。確かにスピード、パワーで格段に勝る相手に勝とうと思えば至難の技だ。達人のような圧倒的な技術があれば別かもしれないが、レオンは自分にそんな特別な才能があるとは思えなかった。それにもしそんな技術があったとしてもトップクラスにはなれない。


なぜなら一流の探索者のほとんどはその技術も高いからだ。優秀な戦闘系ギフトを持って生まれた人々のほとんどは国や貴族、クランなどから大金を積まれてスカウトされ、幼少期から英才教育を受ける。

 この世界で一流の探索者といえば花形の職業。大金を積まれ、権力を持つ人間からスカウトされれば大抵の人は断らないし、断れない。

 その結果一流と言われる探索者たちのほとんどはスカウト組で占められているのが現状だ。

現代のスポーツ界も似たようなところはあるのだが、この世界ではギフトという目に見える才能があるためよりこの傾向が顕著だ。

 

 とにかくそんな世界に12歳までなんの訓練もしてこず、資質としても劣っているレオンが飛び込んだとしても成功する目はまずない。

 だから目指すとすれば後衛しかないのだがレオンとしてもこれは予想通りだ。


「次に魔術系だけど彼らは基礎魔法が使えるわ。その中でもなくてはならないのが魔法障壁なの。戦闘系ではない人間は身体能力で劣るから、その分自衛手段に乏しいわ。けどモンスターの中には探索者より素早かったり、遠距離攻撃手段を持っていたりするものも多い。後衛から攻撃する知恵を持つものもいるわ。だから後衛でも自衛手段が必須なの。それがないとあっさり死ぬことになると思うわ」


 そう言ってナターリエはじっとレオンを見る。

 暗に死ぬから諦めろと言っているのだろう。

 しかし、レオンとしてはこれも予想通り。インベントリを障壁替わりにできることは検証済みだし、だからこそ探索者を目指せるかもと思ったのだ。

 だからナターリエを真っすぐ見返してニコリと笑った。

 それを見てナターリエはため息を吐く。


「どうも自信ありって表情ね、どんな手段かわからないけど本当に危ないから諦めて欲しいんだけど……それに探索者はギフト偏重主義なところがあるからあまりいい顔はされないわよ」


それにもレオンは黙って頷く。


「ほんとうに頑固ね、そんなとこまでルーさんにそっくり……っていうかいつの間にか探索者になること決意してない?なんで諦めさそうとした私の話でやる気になってるのよ」


「……すみません」


「まあいいわ、無理に止めても聞くタイプじゃなそうだしね。それでさっきの続きなんだけどもう一点。戦闘系と魔術系……というよりこれは付与系と放出魔法系が重宝される理由があるの。それは魔力を帯びた攻撃しか効かない魔物が存在するということよ。そして実は上位の魔物になればなるほどこの傾向は強いわ。だからほとんどの探索者パーティーは、6人中の4、5人を付与系か放出魔法系の人で固めてるわ。実際武技系や補助系ギフトを持っていてもパーティーを組めていない探索者もけっこういるしね。だから自衛出来る荷物持ちってだけじゃ厳しいわよ」


 そう言われてレオンは苦笑する。実際現状だとレオンはナターリエのいう通り自衛出来るだけの荷物持ちだ。

 ポーションを作れるから回復役も担えるかもしれないが、遠距離から回復できる補助魔法に比べれば劣るし、コスパも悪い。


 だから何かしら戦闘でパーティーに貢献できる手段を考えなければならないのだが、これはレオンとしても望むところだ。

 ただの荷物持ちをするために探索者を目指すわけじゃないのだ。

 12歳のレオンが探索者になれる16歳になれるまで4年。

 レオンはその間に何か戦える術を見つけることを決意した。




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