第18話 質問タイム 上
「そう……ルーさんが……」
レオンが話し終えるとギルド職員の女性、ナターリエは潤んだ目をハンカチで軽く拭った。
ここは場所を移して探索者ギルドの2階にある個別ブース。
改めて自己紹介をしてからお互いにルシアとの関係を話すことになった。
レオンがルシアの息子と名乗ると彼女は驚いてから、ルシアとの出会いを教えてくれた。
出会いのきっかけはルシアがこの迷宮都市に初めて仕入れに来た時。
素人丸出しでこの探索者ギルドにやって来たルシアを見た彼女が心配になって話しかけたことがきっかけで意気投合。
その後も友人として、あるいはギルドの職員として公私にルシアを助けてくれていたようだ。
それを聞いてレオンはナターリエに心から感謝した。
ルシアが行っていた迷宮都市からの仕入れ。
周りを警戒しながら慣れない乗合馬車で女性の一人旅。肉体的にも精神的にもかなり負担が大きかっただろう。
そんなルシアにとって、アドバイスをくれて気の許せる友人でもあったナターリエの存在はかなり大きかったはずだ。
レオンはそのことをナターリエに伝え、感謝を述べると彼女は照れ笑いを浮かべながら自分の方が世話になったからと謙遜した。
さらに今度はレオンが母について話すと真剣に聞いてくれたうえ、母の死を話した時には涙を浮かべて悼んでくれた。
だからレオンは彼女を信用して全て話すことにした。
自分が母の代わりに仕入れに来たこと、そしてストレージと調合のギフトを持っていることまでも話したのだがそれを彼女は慌てて止めた。
「ちょっと待って。信用してくれるのは嬉しいけど初対面の相手に自分のギフトなんか明かしちゃ駄目よ」
「大丈夫ですよ、そう言って止めてくれるナターリエさんだからこそ信用できます。それにさっき、ナターリエさん自身が僕にギフトを教えてくれましたよね」
「まったく、そんな言い方されたらこっちも信用に応えるしかないじゃない……けどギフトについては本当に話しちゃダメよ。私の『識別眼』はギルドの職員として使うことがあるから元々知っている人は多いし、ギルドの職員に手を出す人なんかまずいないからいいの。けどあなたの……とくにストレージはとても有用で、場合によっては悪用できるから欲しがる人はたくさんいるわ。それを一人で行動している子供が持っているなんて知れたら間違いなくさらわれるわよ」
真剣な表情で説教気味に注意してくるナターリエを見てレオンは思わず笑ってしまった。
「ちょっと!真剣に注意してるのよ。そんなことないって思うかもしれないけど本当に危ないのよ。この迷宮都市は確かに活気があるし発展していて豊かだけど、その分甘い汁を吸おうとよからぬ輩も寄ってくるの。だから治安が悪いってわけじゃないけど、決して安全ってわけでもないのよ!」
「いや、すみません。決して油断してるわけじゃないですよ。実際ギフトに関して話したのってナターリエさんが初めてですし……そうじゃなくて、ナターリエさんがこうやって母にも注意してくれたんだろうなって思って……それでその場面を想像してしまうとなんだかおかしくなってきて……」
平坦な胸を張って説教するナターリエとシュンと小さくなってうなだれながらそれを聞いているルシア。
それを想像して思わず吹き出してしまったレオン。
そして同様な場面を想像して若干顔を赤らめるナターリエ。
「……なんというかホントにルーさんの息子ね。彼女もよくそうやって私をからかったわ。それにおそらくあなたの想像は間違ってるわよ。あの人は私の説教をいつもニコニコしながら聞いていたの。それで最後に『心配してくれてありがとう』って嬉しそうに抱き着いてきてよく私を困らせていたわ。だから今日は私が驚かせてやろうと後ろからあなたにだきついちゃったんだけど……」
照れくさそうにそういうナターリエを見てレオンは思わず吹き出してしまう。
それを見てナターリエは少し拗ねたような表情を見せるが、すぐにこらえきれなくなったのかレオン同様吹き出してしまい、結局はしばらく二人で笑い続けることとなった。
そうしてひとしきり二人で笑ったあと、少し空気が落ち着くとレオンは改めて先ほどナターリエに頼もうとしてことを切り出すことにした。
「それで実はナターリエさんにお願いというかお聞きしたいことがありまして……」
「聞きたいこと?職務上のこともあるから何でも聞いてとはさすがに言えないけど、答えられることならいいわよ」
「ありがとうございます。お聞きしたいことは4つです。まずは今日の宿が決まってないのでお勧めの宿か、もしくはご存じでしたら母の泊まっていた宿を教えてほしいのです」
「4つもあるの?なんか怖いわね。宿については大丈夫よ。ルーさんに宿を紹介したのは私だし、比較的安くて安全なところがあるわよ。食事もまあまあイケるしね。帰りにでも宿の名前と簡単な行き方を教えるわ」
「ありがとうございます。それで二つ目なんですけど金策のための情報をお伺いしたくて……具体的にはこの街で調合士の需要があるのかっていうこと。それからストレージの輸送を前提にした、というかストレージでしか輸送できなさそうなこの街の産物に思い当たらないかなって思って……今考えているのは傷みやすい物とか、重すぎて運びにくい物とかですかね」
「なんというか……もうそこまで金策の手段を考えているのね。調合士の方はちょっと厳しいかな。基本的に調合士は足りているし、それぞれの商家でつながりのある調合士がいるからね。不測の事態なんかがあれば手が足りなくなることがあるかもしれないけど、恐らく臨時の雇用になるだろうしそれを当てにはしない方がいいと思うわ。産物の方は重い物は厳しいと思うわ。それだとそもそも迷宮から運び出せないし、かといってあなたが入るわけにもいかないしね」
「ぼくだと入るわけには行かないんですか?」
「探索者じゃないと入れないわ」
「それだと探索者に登録すればいいのでは?」
「残念ながら登録できるのは16歳からよ。それに登録できたとしても戦闘系のギフトを持たないレオン君じゃ一人で入るのは自殺行為よ。この街に住んでいる訳じゃないからパーティーを組むわけにもいかないし、かといって護衛をやとえば元を取れなくなるかもしれないしね」
(自殺行為かあ……うーん、薄々思っていたけどやっぱり俺のギフト構成じゃ探索者は厳しいのかな?せっかくの異世界なら迷宮探索してみたかったんだけどなあ……)
ナターリエに言われたことで少し黙って考え込んでしまったレオン。
それを見たナターリエが落ち込んでしまったと思ったのかすぐにフォローを入れて来る。
「あ、でも傷みやすいものっていうのはいい着眼点かも。いくつか思い当たるものもあるし明日まで待ってくれたらリストアップしてみるわよ」
「すみません、お手数をおかけして……よろしくお願いします」
「いいのよ、それほど手間でもないし気にしないで。それより3つ目は?」
「ありがとうございます。それで3つ目なんですが、これは少し気になったことというか……母がポーションの素材を仕入れていたのってギルドの販売所から仕入れていたのでしょうか?なんというか、ウチにあった素材って他所で見かけたものに比べて状態がよかったんですよね。おそらく採取の仕方の問題なんでしょうけど、全てが同様に丁寧に処理されていたのでもしかしたらいつも同じ人から買っていたんじゃないかと思って……」
「……驚いたわね。あなた本当に12歳なの?その通りよ。ルーさんはギルドの販売所からじゃなくて、ある探索者に採取の依頼を出して定期的に納品してもらう契約を結んでいたわ。今回もルーさんが来る予定だったからもう採取は済んでいるはずだけど、納品日は昨日で過ぎちゃっているからなぁ。もしかしたらもう売っちゃっている可能性はあるけど恐らく彼なら大丈夫かな?よければ今日中に連絡して明日会えるようにセッティングするけど……」
「お手数ですがよろしくお願いします。それで実は最後の質問っていうのが探索者やギフトについて色々教えて欲しかったのですが、その探索者の方にも聞いてみて大丈夫ですかね?」
「そうね……どんなことを聞きたいかによるけど、私の方が詳しいことと探索者の方が詳しいことがあるしね。まあ彼ならルーさんの息子っていえば喜んで色々教えてくれると思うわよ。ちなみにどんなことが聞きたいの?」
「そうですね、探索者になる方法やギルドの仕組み。それからどんなギフトがあるのか、とか探索者の方々はどんなギフトを持っているのか、逆に僕のようなギフトで探索者をやっている人はいるのかなどですね。あとは何人くらいで組むのが普通なのかとか、モンスターの強さなんかも聞いてみたいですね」
「うーん、ほとんどは私でも答えられるかな?けどその質問をするってことはレオン君は探索者になりたいの?」
そう驚いたように言ってナターリエは少し眉をしかめたのだった。
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