第17話 大平原
迷宮都市ベギシュタット。
その中心部近くに位置する巨大な建物。
この世界における最大の戦力、権力、財力を誇る組織の本部。
探索者ギルド本部。
一国の行政府かと見紛うばかりのその建物には今も多くの人々が出入りしている。
商人と思われる整った身なりの者、従者を引き連れ華美な衣装を身にまとった貴族風の男、薄汚れた鎧を着た探索者たち。
これほど身分を問わず様々な人種が出入りする建物など他にはないだろう。
そして、人の波に紛れてここにまた新たな訪問者がその門をくぐった。
探索者ギルドに入ったレオンはひとまず人の流れの邪魔にならないように端に避けてから周りを観察する。
よく見てみると中に入った人々の流れは三方向に分かれていた。
右手には武装をした明らかに荒事を生業としているだろう人々、つまりは探索者たちが流れて行っている。
逆に左手には貴族や商人がメインで、たまに庶民風の人も混じっている。
最後に正面には身なりを問わず多くの人間が並んでいた。
恐らく右手は探索者専用、左手は依頼者用で間違いないだろう。
そうなると素材などの販売が正面ではないだろうか。
そう予想したレオンがそれを確認するために正面の窓口に向かって歩き始めたその瞬間……
「ひっさしぶりー!!今回は随分遅かったから心配したんだよー」
そう言って突然後ろから抱き着かれた。
驚いたレオンは咄嗟に相手の手をくぐり抜け、跳ねるようにして距離を置いて振り向く。
「そんなに驚かなくてもいい……じゃん?……て、あれ?……あんた誰?」
そこに立っていたのはこのギルドの制服らしきものに身を包んだ快活そうな若い女性。
突然一方的に抱き着いておいて随分な言い草である。
少ししてから本人もようやくそのことに気付いたようで、訝しげに見ていた顔が唐突にサッと青くなると慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません。お客様の着ていた外套が知人の着ていたもの似ていたので勘違いしてとんでもないご無礼を……ご不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした!」
さすがのギルド職員で教育が行き届いているのか、レオンの顔が子供のそれと確認しても侮るようなこともせずに、深々と頭を下げて謝罪してきた。
(もっとも本当に教育が行き届いているなら、相手をきちんと確認もせずに……というかそもそも勤務中に抱き着いたりしないか)
露骨に目立っているだろうこの状況から現実逃避気味にそんなことを考えていたレオンであったが、彼女が一向に頭を上げず周りのざわめきが増してきたのに気付いて慌てて彼女に声をかける。
「い、いえ、全く怒っていないので頭を上げて下さい。こちらこそ驚いて過剰に反応してしまって申し訳ありません」
そう言ってフォローを入れると彼女は恐る恐るといった感じで頭を上げる。
頭を上げた彼女と目があったのでレオンはにっこり笑い、気にしてないことをもう一度アピールしておく。すると彼女はホッと胸をなでおろし、それでももう一度改めて謝罪を口にした。
それを見て自分も胸を撫でおろしたレオンはこれ以上謝罪ループが続いてはたまらないと早々に話題転換をすることにした。
「本当に気にしないでください。それよりも私は初めてこの探索者ギルドに来たのですが素材などの販売所はあちらでいいのでしょうか?」
そういってレオンが正面を指すと
「あっ……はい、そうです。あちらが販売カウンターになります」
と少し慌てたものの、すぐに落ち着いて答えてくれた。
レオンはそれに礼を言ってそのままの流れで立ち去ろうとしたのだが、ふと先ほどの彼女の言葉が気になって足を止める。
「あの……先ほどこの外套が知り合いのものに似ていたとおっしゃっていましたけど、この外套ってなにか他の方と区別できる特徴があるのですか?正直私自身にも他の方の外套と区別がつかないので少し気になってしまって……」
レオンとしては子供の一人旅と知られたら狙われる可能性があるので、あまり目立ちたくはない。
そのため、外見的特徴の少ない母の外套に身を包んでいたのだが、なにか他と違う特徴があるのならば知っておきたい。
「えっ?ああ、すみません、気になりますよね。その外套が特別というわけではなく私のギフトで見分けただけですので安心してください。私のギフトは『識別眼』というものでして、人や物などのささいな違いを見分けて覚えておけるというギフトなんです。双子などでも見分けることが出来ますよ。今回の外套の場合ですと傷やほつれ、シミの位置をなどですね。ですが完璧に識別できるというわけでもなくて、偶然似たような位置に傷などがあった場合には間違ってしまうこともあるのです。それなのに私が早とちりしてしまって……」
こちらの意図を察して自分のギフトまで明かして説明してくれた彼女であるが、また謝罪モードになりそうだったのでレオンは慌てて止める。
それよりもレオンとしては偶然ではない可能性の方が気になった。
「あ、もう十分謝ってもらったのでほんと気にしなくていいですよ。それよりも見間違うことってそんなによくあることなんですか?」
「いえ、そう滅多にあることではないのですが……」
やはり偶然の可能性は低い。それならば……
「あの、間違っていたらすみません。この外套は元々母の着ていたものなんですが、そのお知り合いというのはもしかしてルシア・トーレスという名前ではないでしょか?」
「えええっ!?やっぱりルーさんの外套だったんだ!……って、息子さん!?」
やはり彼女は母の知り合いだったようだ。
それも抱き着いてきたことや呼び方から考えて、かなり親しい間柄であったことがうかがえる。
そのことが分かりレオンとしては喜びたいところではあったのだが、それよりも彼女の大声によって、周囲の注目を一身に浴びている現在の状況に頭を抱えるのであった。
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