第16話 おのぼりさん
城門をくぐるとそこは広場になっていた。
広場の端に設けられた発着場へと馬車が到着すると同時に、それを待ちかねた乗客たちが我先にと馬車を降りていく。
一番奥に座りフードを深く被って顔を隠していたレオンは、前に降りた人たちに続き最後に馬車から降りる。
石畳に足を着くと同時に一陣の風が吹き抜け、街を包む熱気が一気にレオンへと押し寄せた。
迷宮都市ベギシュタット。
この世界の中心ともいえる最大の都市。
城門前広場から街の中心へと向かって真っすぐ伸びる大通り、通り沿いの一等地に軒を連ねる色とりどりな店舗の数々。
そしてそのきらびやかな通り埋め尽くすかのような雑踏の喧騒、呼び込みの声。
鼻をくすぐる様々な食べ物の匂い。
五感で感じとれるこの街の活気はレオンの住んでいた街、プレージオとは比べ物にならない別世界だ。
その力強さには現代日本の都会を知っているレオンでさえも圧倒された。
そんな街並みを眺めながらレオンは街の中心部を目指して歩いていく。
このきらびやかな街並みがやっと目的地にたどり着いたという実感を与えてくれる。
レオンはその喜び……というよりは安堵感に包まれながらここまでの道程を振り返る。
テオバルトを追い返した後、呆然とした表情でレオンを見ていたサンチョと話し合い……というよりも一方的な宣言と釘刺しを行った。
自分が母の代わりに迷宮都市に仕入れに行くこと。
もうすでに知られているかもしれないが、ギフトも含め自分の情報、行動やここで話したことも含め一切あちらに漏らさないこと。
間違いなく罠なので、自分がいない間にムゼッティ商会と新たな契約や口約束などを絶対行わないこと。
万が一そういう事体が起きた場合には自分は一切関与しないし、二度とこの街には戻ってこないことなどを告げた。
未成年の子供が親に向かって言うセリフではないし、客観的に見ても明らかに異常な発言であるだろうがレオンとしては構っていられない。
借金を返せなければまともな人生が歩めないのだ。
気味悪がられようが、不快に思われようがサンチョの心情を慮っている余裕はなかった。
そして翌日には旅装を整えて家を出た。
お世話になった母の友人、自分を預かってくれたりもしていた宿屋の女将に報告だけすると、その足で乗合馬車に飛び乗った。
他に親しい人間はいなかったし、宿屋の女将も心配はしてくれたが止めようとはしなかった。
東北東の方角にある迷宮都市へと行くルートは二通り。
一つは北上して隣国のルーネス共和国に入り、交易都市のラブールを経由していくルート。
もう一つは、一度南下してレオンの住むメンブラート公国の首都マルトローナを経由してから、東のフィレット王国に入りそこから北上するルートだ。
もっともレオンとしてはほぼ選択肢はなく即決で前者を選んだ。
政争に負けた貴族の御用商人だったトーレス家。首都のマルトローナなんかには近づきたくはなかったし、商売を行う環境としてもルーネス共和国の方がメンブラート公国やフィレット王国よりもいい。
そしてなにより移動時間が1日程度だが短いし、実際母もこのルートを使っていた。
旅の間はトラブルを避けるため、子供と知られないように母が使っていた外套を常に身に着け、フードを深く被って顔を隠した。
それでも平均的な12歳の身長であるレオンの体格は隠せないのだが、幸いこの世界には小柄な種族もいるため、体格だけで子供と断定さることもない。
おそらく母も女性であることを隠すため、同様のことをしていただろう。
それから特にトラブルもなく最初の目的地、交易都市のラブールに着くとレオンは早速色々な商会を尋ねて回った。
迷宮都市で仕入れたものの卸し先を探すためだ。
ここでは子供らしさは一切排除し、前世の知識を総動員してなるべくビジネスライクに振舞った。
案外前世では営業の仕事にでも就いていたのか、違和感なく振舞えたと思う。
もっともこちらの世界のビジネスマナーなどは一切知らないので完璧ということもないだろう。
その結果4軒回って、門前払いを食らったのは1軒だけ。
一応3軒では話を聞いてもらえたことを考えると上出来と言えるだろう。
しかし色よい返事は一つもなかった。
いきなりの飛び込みで信用できるかもわからないうえに相手は実績のない子供。
もともとそれぞれの商会で仕入れルートなどは持っているだろうし、必要なものはそこに頼めば手に入るのでわざわざリスクを取る必要もない。
当然と言えば当然の結果だった。
そこでレオンはある提案をすることにした。
まずはレオンが商品を持ち込む。
それを買うか買わないかは商会側の自由だが、もしも持ち込んだ品が気に入った場合はその商品の仕入れを自分にまかせてくれないかという提案だ。
これならば商会側のリスクも少ないし、今の仕入れ先とバッティングすることもない。それでも1軒には断られたのだがこれはもう仕方がない。
また残りの2軒も許可はしてくれたものの全く期待はされていない様子だった。
新しいものなどそうそう見つかるわけはないが、とりあえず持ち込んだものを数回見るだけならタダであるし手間も少ない。
あまりにもしょうもないものを持ち込んで時間の無駄になりそうならばその時に改めて切ればいい。万が一にも面白いモノが見つかれば儲けもの。恐らくそれくらいの感覚であろう。
それにあくまでも口約束であるし、買い取り価格を保証したわけでもない。
もしもレオンが持ち込んだものが本当に利益を生みそうであるならば、その時に買い叩いくことも出来るし、それを断られれれば独自のルートで仕入れてしまうことも出来る。
レオンが数日駆け回った成果がそんな相手の都合次第でどうとでもなるような弱いつながりであった。
しかしレオンとしてはとりあえず成果がゼロでないだけマシである。
それにレオンとしては多少の勝算もある。
彼の持つインベントリというギフトは比較的希少なギフトだ。
一つの国に一人しかいないというほどではないものの、すべての商会が雇えるほどありふれているというわけでもない。
実際プレージオの街でもレオンたち親子しか持っていなかった。
そのためサンチョなどはムゼッティ商会からの依頼という名の命令で何度かいいように使われていた。本人はその希少性を理解していないのか安価で雇われて、ヘコヘコとして使われていたのだが……
話を受けてくれた商会がともにインベントリ持ちと伝手があるという可能性は低い。だったら保存環境のいいインベントリでしか運べないものを見つければいいだけだ。そうすれば必然的にレオンに仕入れを頼まなければならなくなる。
商売だけを考えるなら自分のギフトを商会の人間に明かして欲しいものはないか聞いてみてもよかったのだが、さすがに身の安全を考えると初対面の商会の人間に自分のギフトは明かせない。
だから仕入れる商品は自分で見極めねばならず、なんとしてもベギシュタットでいい商品を見つけなければならない。
そう決意したレオンはラブールを出た後もはやる心を抑え、なるべく目立たないように心掛けながら旅を続けた。
そうして多少のトラブルはあったものの、ようやく今こうしてベギシュタットにたどり着いたのだった。
街の活気を楽しみながらも大通りを歩くレオンは店頭に並ぶ商品の数々をチェックするのに余念がなかった。しかしその様子はきらびやかな都会をキョロキョロ見ながら歩くおのぼりさんそのもの。
所々で街の人々から注がれる生暖かい視線が気になったレオンは、自分がどう見られているかにようやく気付き、慌ててフードを深く被りなおしてそそくさと目的地に向かうのであった。
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