第15話 お客様は神様です



 死闘を終えてぐったりと倒れ伏すハンマーラビットを見てレオンは大きく息を吐く。


(しかしなんでこいつはインベントリの中から出て来たんだ?)


 最後にインベントリを閉じた時、穴から出て来たわけでもないのに唐突にレオンの前に現れたハンマーラビット。

 本人も驚いていたようだが、レオンもかなり驚いた。

 

(もしかしてこいつはインベントリの中に収納できないのか?)


試しに気を失っているハンマーラビットを掴み上げると、インベントリを発動して中に収納してから閉じてみる。


 すると予想通り、唐突にハンマーラビットが空中に出現した。


「ゴフッ……」


 そして気を失っているハンマーラビットはそのまま落下して地面に叩きつけられ、うめき声のようなものを発した。


「…………」


 実験のつもりが予想外にハンマーラビット追い打ちをかけてしまい、妙な罪悪感が湧いてしまうレオン。


 もっともハンマーラビットは人間にとっては立派な外敵である。

 逃走のためとはいえ遭遇すると攻撃を仕掛けて来るモンスターなので見逃すという選択肢はない。

 ここで見逃して他の住民に被害が出ないとも限らない。

 そして何よりレオンは最近肉を食っていない。


(所詮、世の中は弱肉強食なのさ……)


 食欲に負けた癖に、妙にセンチメンタルな気分に酔って言い訳をしたレオンは、インベントリから取り出したナイフでハンマーラビットにとどめを刺す。

 そしてそのままハンマーラビットの死体をインベントリに収納してみる。


 すると今度はインベントリを閉じても外に出現することはなかった。

 どうやら死んでいると収納できるである。


(イモムシは生きてても収納できたのになあ…………。ある程度大きい生物は、生きたまま収納出来ないってことなのかな?)


 ただこれに関して検証が難しそうなのでとりあえずはおいておくことにした。


 それより貴重なタンパク質を手に入れたレオンは、そのまま近くの川へと向かうとハンマーラビットの死体を取り出して解体を始める。


 母について何度も森に来ていたレオンはハンマーラビットにも何度か遭遇したこともあり、それを退治して解体する母の手伝いもしたことがあったので手順は覚えていた。

 

 夕食が豪華になることもあって解体に対する忌避感もない。


 手際よく……とは言えないものの、なんとか解体を終えたレオンはふとその手に残った石、魔石を見て思いつく。


(そういえばこいつには魔石があるけど、イモムシには魔石がなかったよな)

 

 魔石を持つということは魔力を持つということであり、この世界に生息する多くに該当することではあるが、小さな生き物、虫や微生物などはその限りではない。


 レオンはこれがインベントリに収納出来るか出来ないかの条件なのではないかと考えたのだ。


(けど仮にそうだったとしても普通の魔物をインベントリ閉じ込めることが出来ないことには変わりはないよな)


 そう思ったレオンはハンマーラビットの魔石をインベントリに収納すると、手に付いた血を洗い流して帰路につくことにした。


 今夜の夕食に思いをはせてご機嫌で自宅の前まで帰り着いたレオンであったのだが、停車してある馬車を見つけ家の中から話し声がするのに気づいて眉をしかめた。

 馬車には見覚えがあり、父親のサンチョと話をするその声にも聞き覚えがあったからだ。


 一瞬その不快な相手が去るまでどこかで時間を潰してくることも考えたのだが、サンチョと二人きりで話をさせる方が碌なことにならないと思い直して自宅の戸を開けた。


 まず目に入ったのはペコペコと頭を下げているサンチョ。

 そしてそれに向かい合ってふんぞり返っている小太りな若い男。さらにその後ろには粗野な雰囲気の若い男が二人。

 予想通りムゼッティ商会の長男、テオバルトとその腰巾着たちだ。


 レオンの祖父を処刑に追い込み、トーレス商会に多額の債務を押し付けて没落させたのはムゼッティ商会の当主でテオバルトの父親のバシリオである。

 しかしそのことで溜飲が下がって興味をなくしたのか、現在トーレス家との取引は全てこのテオバルトに任されていた。

 

 そのテオバルトは、レオンが帰って来たのに気づくとニヤニヤと弑逆的な笑みを浮かべて話しかけて来た。


「おいガキ、今月の納品分のポーションが見当たらねえんだが、おまえが全部用意してるってのは本当か?」


(こいつがうちの担当なのは、弱者をいたぶりたいこいつ自身が志願したのかもな)


 レオンは内心ではそんなことを考えながら、申し訳なさそう顔を作って頭を下げる。


「すみません、ムゼッティさん。今出しますので少々お待ちください」


 レオンはそう言って箱詰めしたポーションをインベントリから出して並べていく。

 それを見てテオバルトはチッと舌打ちをすると苛立たしそう貧乏ゆすりを始める。

 どうやら用意出来ていないとでも思っていたようだ。


 暫くそんな状態が続いたのだが、突然テオバルトの後ろに控えていた手下が何やら思いついたようでテオバルトに耳打ちする。

 それを聞いてニヤリとしたテオバルトは納品分のポーションを一つ手に取って少し眺めてから口を開いた。


「おいガキ、これはお前が調合したのか?」


 分かりやすく機嫌が戻りニヤニヤしながら聞いて来るテオバルトを見て、おおよそ次に何を言い出すのか予想が出来たレオンは、少し怯えたような表情を作って答えを返す。


「そうですが……なにかありましたでしょうか?」


 レオンのびくついた表情を見たテオバルトは嬉しそうに鼻の穴を膨らませて大声を上げる。


「なにかありましたかじゃねえだろうがっ!!品質が低いんだよ!こんなんじゃ使いものにならねえだろうが!」


「そ、そんなはずは……きちんと分量を守って作っていますので品質はかわらないはずです」


「一目見りゃあ品質が悪いことぐらい俺にはわかるんだよ!分量を守ってようがてめえの技量が低けりゃ品質も落ちるだろうが!!」


(め、めんどくせー)


 レオンは予想通りの因縁をつけて来たテオバルトにうんざりしながら、それが表情にでないように真面目くさった顔を作る。

 そしてインベントリを開くと新しいポーションを取り出してテオバルトに差し出す。


「そ、それではこちらのポーションと交換いたします。申し訳ございません」


それを受け取ったテオバルトはさも詳しく調べているかのように角度を変えて眺めた後、わざとらしくため息を吐いてジロリとレオンを見る。


「おまえホント使えねえなぁ、これの品質も全然ダメだ。これじゃあ売り物にならねえよ。そうだな……出せて半額ってところか、それでも高すぎるくらいだぜ」


「そんなはずはありません。それは……」


「うるせえなぁ、しつけえんだよ!見りゃわかるつってんだろ!半額で買い取ってやるつってんだから素直に感謝しろや!」


 まさに得意満面といった感じでまくしたてるテオバルト。


(本当にこれがあの老獪なバシリオの息子かよ)

 

 レオンはそう内心で呆れながらも、表面上はまさに苦渋の決断といった感じの表情を作る。

 そしてさりげなく爆弾を落とす。


「…………わかりました。そうですね、ムゼッティさんがおっしゃるなら品質が低いのでしょう。迷宮都市の探索者ギルドにはムゼッティさんがお怒りでしたと私の方から厳重に抗議して、損害を賠償してもらいます」


 そう言うとレオンはテオバルトの持っているポーションへと手を伸ばす。

 レオンの発言を聞いてギョッとしたテオバルトは反射的にレオンの手を避けるようにして一歩下がる。


「お、おい、迷宮都市の探索者ギルドに抗議ってどういうことだ!」


「いえ、いまムゼッティさんがお持ちのポーションは、母が品質の参考用にと迷宮都市の探索者ギルドで買って来たものです。私の作ったポーションも過去に母が何度かギルドに提出して、品質的に問題ないとギルドのお墨付きをいただいていました。しかしムゼッティさんが品質が低いとおっしゃるのですからギルドの眼が曇っていたということなのでしょう。ですので次の仕入れの時には厳重に抗議しておきます」


(まあ、嘘なんだけどな)


 そう言ってレオンはさも任せて下さいとでもいうかのようにテオバルトを見て力強くうなづいて見せる。


 それを聞いたテオバルトは予想外の展開に慌てふためく。

 この街プレージオでは権力者であるムゼッティ商会であるが所詮は田舎の地方都市の中だけのこと。

 各国に対しても絶大な影響力を持つと言われる迷宮都市の探索者ギルドとは比べるまでもない。


 そんなギルドにケンカを売ることなど間違ってもあってはならない。いくら傲慢なテオバルトでもそれくらいは分かる。

 少なくともムゼッティ商会との取引停止。それだけでも影響は計り知れないのに、最悪だと国に大して悪影響を及ぼしたり捕まってしまう可能性もある。


 そこまで考えたテオバルトは真っ青になり、必死な様子で取り繕い始める。


「ま、まて。確かに品質は低いがよく見るとそれほどではない。この汚いあばら家が暗すぎて見間違えていたようだ。この程度でわざわざ抗議する必要はない」


「そうでしょうか?それでも品質は低いようですし、一度ははっきりと抗議した方が……」


「い、いいといっているだろ!特別に値段も定価で買ってやるから感謝しろよ。そ、それより貴様は仕入れと言ったがサンチョは街の外に出られないのにどうするつもりなのだ」


 必死で取り繕っているくせにあくまで偉そうなテオバルトに呆れ、もう少し突っついてやろうかと思ったレオンではあるが、こちらもハッタリなので調子に乗らない方がいいかと自重する。


 それにこの話題にも乗っかって釘を刺しておいた方がいい。


「そうですね、父がいけない以上僕が行くしかないでしょう。母は仕入れの契約を10年単位で行っていたそうなのでそれをこちらの都合で反故にするわけにはいきません……僕も迷宮都市までなんて本当は行きたくないのですが、下手に契約を破って他所から仕入れてしまうと、その仕入れ先にも迷惑をかけてしまいますし……」


「そ、そうか……分かった。だが納期には絶対遅れるなよ。それから探索者ギルドにも余計なことは言うんじゃないぞ、分かったな」


 何か言いたげではあったがすっかり弱気になったテオバルトは、触らぬ神に祟りなしとそれ以上は言及せず、手下に指示をして納品分のポーションを運び出させはじめる。


 それを眺めながらレオンはそっと息を吐く。

 どうやら懸念した通り、母がいなくなったのをこれ幸いと、また昔のように高値で素材を売りつけるつもりであったようだ。


(おまえのところで素材を仕入れて半額で納品なんかしたら完全に赤字だろ。何でそれをうちが飲むと思ったんだか……)


 そこで驚いたような顔をして自分を見ているサンチョと目が合った。

 そして思わず納得してしまった。

 サンチョならあり得ると……


 改めてあの頼りない父親にも釘を刺しておく必要がありそうだ。

 それを思うと非常に気が重い。

 

 しかしなんとかテオバルトの無茶な要求は退けることが出来たし、自分が仕入れに行くことも既定路線とすることは出来た。

 今日のところはそれでよしとするべきだろう。


(しかし我ながらまさに虎の威を借りる狐だったよな)


 さきほどのやり取りを思い返してレオンは思わず苦笑してしまう。

 

 そしてその表情をみて何故かビクリとするサンチョが目に入り、頭痛が痛いとはこういうことなのだろうか、と意味の分からない納得をするレオンなのであった。



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