第14話 ある日、森の中……




 結局日が暮れるまで色々試して分かったことは2つだった。


 まずはインベントリを出せる範囲。

 

基本的には自分の周囲2メートルほどの範囲で何もない場所にしか出せない。

これについてはほぼ予想通りで、昨日の水くみの時に水中に出すことは出来たものの、何か物がある場所に重ねるように出すことは出来なかった。


 もしも遠距離に展開できたならば自分以外を守るための障壁としても使えたし、上空に展開してそこから岩などを落とすことも出来た。

 また物に重複するように展開できれば、対象物を切断する次元カッターなんて使い方も想定していたのだが残念ながらそれは叶わなかった。

 もっともギフトは使い込んでいけば成長もするので、前者の展開範囲に関してはまだ広がる可能性は残されている。

 


 もう一つはインベントリで出せる穴の大きさ。

 

 最大は直径約2メートルで最少は直径2センチ。


 こちらも成長の余地はあるだろうが注目すべきは最小の2センチの方だ。

 インベントリのギフトは発動速度が速くて派手なエフェクトもなく、唐突に黒い円が出現する。 

 これを例えば突っ込んでくる相手の足元などの死角に展開すればどうなるか。

 先日確かめた通りインベントリの裏面は金属のように非常に硬い。

 それにつまずく程度ならまだしも、全力で脛でもぶつけてしまえばベンケイどころか大阪のおばちゃんでも泣きわめくことになるだろう。

 また顔の前に展開して目隠しや牽制なんて使い方もできるだろう。

 ちなみに穴の側面の厚みは1センチほど。

 これがもし極薄であれば、突っ込んできた相手を切断する凶悪なトラップにもなったのだが、その場合レオン自身が中の物を取り出す時にその淵で手を切る可能性もあるのでこちらは一長一短である。



 そして翌日、今日も同じく泉までやって来たレオンは早速インベントリを開く。

 今日のテーマは3つ。

 中の環境、生き物、閉じる瞬間の挙動である。


 まずは中の環境を知るために昨日の時点で仕込んでいたものを取り出す。


 取り出したのは昨日の夕食のスープ。

 これは昨日の夕食の時、スープを一部別の皿に取り分けてそれをそのまま入れておいたものだ。見ていたサンチョに微妙な顔をされたが、取り敢えずスルーしておいた。

 取り出してみるとスープはまだ温かった。

 しかし入れた時よりはぬるくなっており、中の時間が止まっているわけではないことが分かる。


 次に取り出したのはスープを作るときに使った薪。

 昨日は火が付いたままの状態で入れたのだが、火は消えていた。

 燃え残っている部分の大きさもほとんど変わっておらず、入れてから比較的早い段階で火が消えたことが分かる。


 最後に取り出したのは帰りに捕獲したイモムシらしき生き物。

 これは意外なことにインベントリの中に入れることが出来、そして半日たった今も少し元気はないようだが生きていた。


 このことからレオンが導きだした結論は……よくわからないであった。

 イモムシが生きていることから、生物も収納出来て中で呼吸も出来る。つまり酸素はあるはずなのだが火は消えている。

 地球と物理法則が違うのかもしれないが、体感的には魔力やギフトがある以外はあまり変わらないのだが……

 またスープが冷めきっていなかったことから通常よりも中の時間がゆっくり流れているのかもしれないが、手を突っ込んだときに違和感は特にない。


 なんとなく思ったのがまさに本来用途、つまり保存に適した環境なのではないかということだ。


スープは冷めず、薪は燃え残り、イモムシは生きている。

理屈はわからないが、なんとなく入れた時の状態を保とうとする力が働いていると考えた方がしっくりくる。

 それ以上はとりあえず分かりそうにないのでレオンはさっさと次の検証に移ることにした。


 次は閉じる瞬間の挙動について。


 まずは先ほど燃え残った薪のっぽ、半分ほどをインベントリの中に突っ込んだ状態で穴を閉じてみる。

 すると手に持った薪の延長線上、つまりは元のまま位置に先端部分が出現した。

 穴との境界部分にあった個所や穴の中に埋まっていた部分を中心に薪の状態を調べてみるが、特に変化や損傷したところは見当たらない。


 どうやら穴を閉じる時にその境界部分で切断するということは出来ないようだ。


 では先ほど出現した部分に別のものがあった場合はどうなるのか。


 今度は地面に接するようにインベントリを展開して、そこに薪を半分突っ込んでみる。

この状態で穴を閉じれば薪の先半分は地面に埋まった状態で出現するのかという実験である。

結果は穴から押し出されるようにして埋まっていた部分が現れ、地面と同化することはなかった。


(なんというか……安全設計だな)


 結局色々想定していた物騒な用途にはあまり使えなかったものの、中に手を突っ込んだまま閉じても切断されたり他の物に埋まったりすることがないという安全の確認は出来た。


 これでひとまず想定していた検証も一通り終わった。


レオンがホッと気を抜いて一休みしようとした瞬間、近くの茂みからカサリと微かな音が聞こえた。


 それに反応したレオンが反射的にそちらを振り向くと、ずんぐりとした茶色い毛玉の中にある赤い目と視線が合った。


 ハンマーラビット。別名通り魔ウサギ。

 隊長20~30センチほどのウサギ型の魔物で草食。

 非常に臆病な性格をしていて自分以外の生物に遭遇した場合、即座に逃げる……ためにその凄まじい脚力を使って相手に向かって跳躍し、特異に発達した硬い頭蓋骨をぶつけて来る。

 頭突き……というよりはヘッドタックルといった感じである。

 そしてその頭突きが当たろうが避けられようがそのまま逃走する。


 一般人でも注意すればかわせるし、よほど当たり所が悪くない限り死ぬこともほとんどないのだが、このはた迷惑な生態のせいで遭遇時の怪我率は非常に高く、ある意味ではこの辺りで一番厄介な魔物でもある。


 レオンと合った赤い目は愕然と開かれており、ハンマーラビットの方も意図しない遭遇であったことは見て取れる。

 しかしその目が赤く光り、スッと細まるのを見てレオンは慌てて自分の前にインベントリを展開する。


 次の瞬間……


 凄まじい勢いで飛び出したハンマーラビットはそのまま黒い穴の中へ吸い込まれていった。


「…………」


 レオンとしては障壁のつもりで展開したのだが、慌てていたため穴の側をハンマーラビットに向けてしまったようだ。


(……まあ、いっか……)


 結果オーライだとレオンはそのままインベントリを閉じようとしたのだが、その瞬間茶色い毛玉が穴の中から飛び出して来た。


「はっ!?」


 想定外の事態にレオンの口から思わず声が漏れる。

 イモムシでは遅すぎて気付かなかったのだが、どうやらインベントリの中の生物は自力で脱出することができるようだ。


 レオンの声に反応したハンマーラビットはハッとしてレオンの方へと振り返る。

 そして再度レオンと視線をぶつけて先ほどを超える驚きを示す。

 ハンマーラビットはとしてはいつも通りの頭突きからの全力ダッシュを敢行したようで、本人的には逃走に成功したと思っていたようだ。


 しかしそこはさすがに野生の魔物。

 すぐに切り替えたハンマーラビット目に再び赤い光が宿る。

 そして同様に慌ててインベントリを展開するレオン。


 その結果、先ほどと全く同じ光景が展開される。

 心なしハンマーラビットの突撃には勢いがなかったように見えた。


 ハンマーラビットの吸い込まれていった穴を暫し呆然と眺めていたレオンであるが今度は脱出してこないようにと慌ててインベントリを閉じる。


 ところが今度は唐突に目の前にハンマーラビットが現れると、そのまま走ってレオンの足へとぶつかる。

幸い先ほどに比べて勢いもなく、どうも顔から突っ込んだようで大した衝撃はなかった。


 しかしレオンとハンマーラビットの受けた精神的な衝撃は計り知れず、三度愕然とした表情で見つめあう両者。


 特にハンマーラビットの側はかなり疲労しているらしくヨレヨレなうえに、衝撃も相当大きかったらしく軽く涙目になっておりウサギがしていい表情ではなかった。


 それでも悲壮な表情で意を決して行った三度目の突撃。


 その勢いは最初から比べると見る影もなかった。

フラフラと飛び上がったハンマーラビットは、今度こそ障壁として展開されたインベントリの硬い裏面にコツンと頭を当てると、そのまま気を失って力なく地面に横たわるのであった。



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